石綿を取扱う会社に勤務していた父親が,自宅に持ち帰ったマスクや作業衣にその子が接触して悪性中皮腫に罹患して死亡したとして,同会社に対して損害賠償を請求した事案について,石綿粉じんの吸引によって悪性中皮腫が発症したとは認められないとして,その請求が棄却された事例
東京高等裁判所判決/平成16年(ネ)第2283号
平成17年1月20日
損害賠償請求控訴事件
【判示事項】 石綿を取扱う会社に勤務していた父親が,自宅に持ち帰ったマスクや作業衣にその子が接触して悪性中皮腫に罹患して死亡したとして,同会社に対して損害賠償を請求した事案について,石綿粉じんの吸引によって悪性中皮腫が発症したとは認められないとして,その請求が棄却された事例
【参照条文】 民法709
民法44
【掲載誌】 判例タイムズ1210号145頁
労働判例886号10頁
労働経済判例速報1893号49頁
【解説】
1 訴外A(昭和30年生)は,昭和49年4月から,埼玉県信用金庫,シャルム書房等に勤務していたものであるところ,胸膜腫瘍等に罹患し,平成8年8月ころから,大宮赤十字病院,癌研附属病院等に入通院して治療を受けていたが,平成9年9月27日に死亡した。
そこで,Aの遺族であるXらは,Aの死因は,悪性中皮腫であるところ,Aが悪性中皮腫に罹患したのは,Yに勤務して石綿を取り扱う業務に従事していたAの父親である訴外Bが,防じんマスク及び作業衣を持ち帰り,Aがそのマスクをかぶったり,作業衣に接触したことにより石綿に曝露したためであるとし,Yに対して,石綿の危険性について従業員に対して徹底した安全教育等を行い,従業員がマスクや作業衣を家庭に持ち帰ることにより,その家族が健康を害されることを防止すベき注意義務があるのにこれを怠ったと主張し,総額約9700万円の損害賠償を請求した。
これに対し,Yは,(1)Aの死因は肺癌であり,石綿を原因とする悪性中皮腫ではない,(2)Aが,父親Bが自宅に持ち帰った作業衣やマスクで遊んだということはない,(3)Aが,未成年期に石綿に曝露し,悪性中皮腫に罹患することについては予見可能性がなかった,などと主張した。
2 1審判決は,まず,Aの入通院経過,病理学者の意見書などについて検討したうえ,Aの死因が悪性中皮腫である疑いは強いが,それが腺癌ではなく悪性中皮腫と認定することはできないと判断した。
次いで,1審判決は,Aが父親Bが自宅に持ち帰ったマスクや作業衣に接触し,それによつて石綿曝露を受けたとしても,その量は極めて微量であり,それによってAが悪性中皮腫に罹患したと認めることはできないと判断した。
そして,1審判決は,仮にAの死因が悪性中皮腫であり,かつ,それとAの家庭における石綿曝露を受けたこととの間に相当因果関係があるとしても,Yが,その雇用する労働者が自宅にマスクや作業衣を持ち帰ることによって,その家族が疾患を発症するなど健康を害することまで予見することができなかったというべきであると判断して,Yの不法行為責任を否定し,本訴請求を棄却した。
これに対し,Xらは控訴し,1審判決の認定判断に誤りがある旨主張したが,本判決は,Aが石綿曝露を受けたとしても,それによる石綿粉じんの吸引量は極めて微量であったと推認されるから,たとえYの工場において青石綿や茶石綿も利用されていたとしても,それがためにAに悪性中皮腫が発症したと認めることはできないと付加的判断を示したほか,原審の認定判断を支持し,Xらの本件控訴を棄却した。