警察官の捜査手続には違法な点が認められるが,その違法の程度は令状主義の精神を没却するほど重大なものとは認められないとして,上記捜査手続に関連して収集された証拠に証拠能力を認めた事例
名古屋高等裁判所判決/平成19年(う)第99号
平成19年7月18日
覚せい剤取締法違反,道路運送車両法違反被告事件
【判示事項】 警察官の捜査手続には違法な点が認められるが,その違法の程度は令状主義の精神を没却するほど重大なものとは認められないとして,上記捜査手続に関連して収集された証拠に証拠能力を認めた事例
【判決要旨】 論旨は,本件の捜査手続は,警察官が,①被告人が運転していた車両(以下「被告人車両」という。)のエンジンキーを抜いて取り上げたこと,②被告人を現行犯人として逮捕するに先立ち,被告人車両内の捜索を無断で開始したこと,③覚せい剤が在中する被告人のハンドバッグを無断で開披し,内容物を確認するなどした上,その直後に被告人を現行犯人として逮捕したことにつき,極めて重大な違法があり,これらと密接に関連して収集された証拠(覚せい剤,鑑定書,各報告書等)は,違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであるから,これらを証拠とした原裁判所の訴訟手続には法令違反があるという。
そこで検討するに,警察官の捜査手続には違法な点が認められるが,その違法の程度は令状主義の精神を没却するほど重大なものとは認められないから,上記各証拠については証拠能力を肯定することができるというべきである。したがって,上記各証拠を採用して取り調べた原裁判所の訴訟手続に違法な点は認められない。以下,所論にかんがみ,若干補足する。
所論は,警察官が被告人車両のエンジンキーを抜き取った点について,被告人は,職務質問をしてきた警察官の指示に従って素直に窓を開けており,逃亡や抵抗の意図は認められなかったのであるから,エンジンキーを抜き取る必要性や緊急性はなく,これは職務質問の停止行為における有形力の行使としては到底許されないもので,違法性の程度は極めて高い,という。
しかしながら,被告人は,警察官の指示に従って被告人車両の運転席側の窓を開けているものの,警察官のエンジンを止めろとの指示には直ちに従わず,1般車両の邪魔になるので車道から歩道の路側の方に車を寄せさせるように求めているところ,被告人は,警察官の言動から,ナンバープレートと車体が1致しない,いわゆるニコイチ車両を運転しているとの嫌疑を受けていることを察知していたことがうかがわれること,1般車両の邪魔になるなどという配慮はむしろ警察官がすることであって,車を寄せる振りをしてそのまま逃走するおそれがあること,車道上で説得することによる交通上の危険性などを考慮すると,警察官が被告人車両のエンジンキーを抜き取った点については,これを違法とみても,その違法の程度は,それほど大きいものとはいえない。
所論は,警察官が被告人を現行犯人として逮捕するに先立ち,被告人の承諾を得ることなく,被告人車両を捜索し,ハンドバッグの内容物の確認を行った点については,憲法上の諸権利を侵害し,刑事訴訟法の規定に違反するもので,令状主義の観点から許されるものではない,という。
確かに,被告人が道路運送車両法違反により現行犯人として逮捕されるのに先立ち,警察官が,被告人の承諾を得ることなく,被告人車両にあったハンドバッグの内容物を確認したことが認められるから,これが逮捕に伴う捜索とはいえないことはもとより,本件における被告人の元々の嫌疑の内容が重大なものとはいえないこと,所持品検査の必要性や緊急性が高かったとはいえないことなどを勘案すれば,警察官職務執行法第2条第1項に基づく職務質問に付随して行うことができる所持品検査の許容範囲を超えるものであり,違法と評価せざるを得ない。しかしながら,警察官が被告人車両内にあったハンドバッグの内容物を確認した時点において,被告人を道路運送車両法違反の現行犯人として逮捕することが正当化される程度の嫌疑は存在していたこと,確認の態様も,被告人車両の運転席の足下に口を開けたまま置かれていたハンドバッグを持ち出し,更に口を広げるなどしてその内容物を確認したというものであり,前後して現行犯逮捕に伴う捜索がなされることが見込まれる状況にあったことからみて,法益侵害の程度もさほど大きいものとはいえないことからすれば,その違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず,結局のところ,上記各証拠については証拠能力を肯定することができるというべきである。
【参照条文】 覚せい剤取締法41の3-1
覚せい剤取締法19
覚せい剤取締法41の2-1
道路運送車両法106
道路運送車両法98-1
【掲載誌】 高等裁判所刑事裁判速報集平成19年373頁