〈ひとりごはん〉です。
【2014年7月10日木曜日】
食べなくてもいいかな?と思うくらいおなかが空きません。
『私は、多分、ひとりだと食に執着しないのかもしれない。。。』
ひとりで、そんなことを思ったりしました。
誰かと食べるから美味しいのですね。
だから料理が楽しいのですね。
ひとりごはんは、あっという間に食べ終わります。
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昨夜、夫のお迎えに出る前に
気になっていたモロッコいんげんを厚揚げと長ネギと一緒に煮ました。
(茄子は、別途『こねり』にでもします。)

疲れ気味ですから
《黒豆・玄米入りごはんのお粥》にして
焼き鮭のほぐしを添えました。

市販のもずく酢もありましたが
写真を撮るつもりがありませんでしたから
写真の前に食べてしまいました。
お粥も簡単なようで難しいです。
(今日は一人ですから、黒豆と合わせて96gの玄米入りご飯を使いました。)
鮭にMyシソがよく合っていました。
ベランダに少しあるとありがたいです。
厚揚げをおかわりしました。
病院食を目指したいと思っていますから
私にはこのくらいシンプルな食事が望ましいのではないかと思います。
トレーも病院風?(笑)
休肝日、、、休体日になりました。(^_-)-☆
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ひとりの時間は、自分の考えをまとめる時間でもあります。
夜、お手紙を書くのはやめた方がいいというのは当たっていると思います。
f^_^;) 先にお詫びしておきましょう。
m(_ _)m
今日は、取り留めもなく語りますから、あしからず。
(((o(*゚▽゚*)o)))
私の夢は、
《食べ物を囲んで楽しく集まれる場所でありたいこと》です。
夢のそこには、
〈普段、私が家族のために作ってきた〉
《その裏付けだけが頼りの食べ物》がいつも在ります。
心ある老若男女の和やかな場所。。。
私と共に年を重ねた友人たちの毎日の食事の場所であったりもします。
パートナーと一緒であったり、シングルであったり、、、
心に少しだけおしゃれをして、
たまに、、、ほぼ毎日、、、
それぞれが、その場所に集い、食べ物を囲むのです。
どんな人も確実に年をとりますが
生きている限り食べなくてはなりませんし
食べる場所・居る場所が必要です。
若い人はどこにでも入っていけますが
歳を重ねると臆病にもなりますから
自分の居る場所が場違いではないかと気になって
なかなか心地よい場所がなくなります。
50代の今でもそうですから
これからもっと年を重ねますと
外出しても、居心地のいい場所がますます無いことは明らかです。
受け容れてくれるでしょうが居心地がよくありません。
でも、外出しないわけにはいきません。
そしてまた外出する場所には、何よりも食べ物が必要です。
《食べ物が自分を待っていてくれる》って安心します。
そんなとき私の顔が思い浮かぶと素敵だな。。。と思うのです。
『あそこに行けば、楽しく美味しく食べられる』という確信。
私もうれしくて、一生懸命作ります。p(^_^)q
でも無料というわけにはいきませんからきちんと設定して、、、
m(_ _)m
どうぞ、心にもおしゃれして、ゆったりおいでください。
《やさしさ・思いやりを携えて集まり、楽しくおしゃべりしながら食べる》
心のおしゃれとは、やさしさや思いやりを自分に問うことだと思っています。
最近の私の到達した考えであります。
これからの命題でもあります。
素敵なお店は素敵な人によって作られていきます。
店主が在り、訪れる人と全てが一体でないとあり得ません。
店主の精神にも歴史があります。
いつか、このブログも
〈店主の精神を理解していただくために〉
力を添えてくれるアイテムになってくれたらいいな。。。
BGMのように。。。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
年を重ねても変わらないのは、
誰しも生きている限り
自分が選んで口に入れたもので、自分の命が存続するという事実です。
自分の口に入れたものが、生きることを存続させます。
つまり、食べないと生命の維持は終わります。
そう考えると、
「何を自分の口に入れるか」
食べ物の選択はとても重要だとわかります。
人には選択する力も与えられていますから惜しまずに使いたいです。
うっかり間違えて選択しても自浄作用もありますが
学ばずにうっかりを繰り返していますと
自力回復出来なくなったりします。
「//////////////この話をしますと、長くなりますから
2013年4月24日《しみじみ食の奥深さを思う朝》で
息子たちに語るべく掲載しておりますので
私の思いの一端に触れていただければうれしいです。
あくまでも、息子たちの母としての見解ですからご理解ください。
つまり私流、我が家流です。
m(_ _)m
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再々語ってきましたが、人には工夫する力がありますから
美味しく食べるために調理しますし
楽しく食べるために集います。
おしゃべりがあり、音楽が流れます。
おしゃれをして、自分の心を高めて集います。
色々なアイテムが「食べる」という周りに工夫されて、在ります。
基本は食べ物ですが、工夫されたアイテムも活用して
毎日、楽しく食べたいのです。
私は、今の時代、自己満足かとも思いますが
なるべくならば家族に食べさせても安心だと思えるものを作ります。
つまり、私にかかっていますから責任重大です。
今は夫だけですから、息子たちにも私の精神を伝えたいと思っております。
そのために始めたBlogです。
余談が長くなりましたが
過去のBlogと精神は変わっておりませんので
どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
ありがたいことに数年前から
夫も私の夢を知って協力的です。
そして、妹も母たちも息子たちも。。。
すでに何年も前から自給自足の魅力に取り憑かれた友人は
郷里に場所を拓いて四国と九州を行ったり来たりしながら
ご主人を巻き込んで自分が食べるだけの野菜を作っています。
『無添加の私のトマトは安心でおいしいのよ!』と
目を輝かせて言っていました。
そして、すでに数年前から彼女に私の分を予約しています。
(^_^)v
私も教えて貰いながら自分でも作れたらいいのですが、、、
これからリタイアする友人たちの中にも
食材はもちろん食べるためのアイテムに秀でた人が居るのではないかと思います。
テーブルクロス・壁掛けリース・手造り食器・お花・お米・パン・庭作り、、、
以前、2014年4月16日《『貧しい芸術家はいません』という言葉》でも
触れていますが、美味しく食べるために食のアイテムは必要です。
今も、『バベットの晩餐会』の心を学びたいと思っています。
顔の見える食材。
毎日、、、
少しだけのお届け。
新鮮な食材。
作者のお名前も明記して、私がそれを調理します。
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恥ずかしながら
こんなことごとを語った後に載せるには
昨夜の私の夜ごはんは説得力が無いかもしれません。
f^_^;)
それこそ、過去の私の日々の一部であるブログで
その精神を理解していただけたらうれしく思います。
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(息子たちの代わりに)
みなさまを相手に、また語ってしまいました。
失礼しました。m(_ _)m
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