小指の痛みを全身で感じる 沖縄のこと | あんときの、学級通信 完結編

あんときの、学級通信 完結編

このクラスでの担任生活も3年目になりました。
更新が滞って1年ですが、たまには更新していきます。
家族ネタも日々の出来事として更新していきます。

沖縄が本土復帰して40年です。


ニュースで見た人も多いと思います。



私は沖縄に6回いきました。


5回目には石垣島をベースに西表島や波照間島にもいきました。


沖縄は何度も行きたくなる島ですアイラブ沖縄



沖縄は琉球王国という独立国でしたが


(仲間由紀恵主演の「テンペスト」やっていますね )

http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/tempest/index.html



明治になって日本に編入されたという歴史があります。


昨日テレビを見ていたら、元沖縄県知事大田昌秀さんが出ており


おもわず


「懐かしいなあ」


とつぶやいてしまいましたおじいさん


最初のクラスを沖縄に連れて行ったとき飛行機


当時、知事だった方です。


亡くなった


ジャーナリストの筑紫哲也さんと


今から20年前対談しています。ちょっと抜粋。




大田 戦争直後、米軍は地元の住民が生まれ育った集落に帰るのを許さず、

住む場所も16カ所くらいに特定したわけです。

そして住民が住んでいたところは基地に使った。


・・・特に1950年代は朝鮮戦争などもあって、

沖縄の基地は更に重要視され、ますます拡大、強化されます。

いちばん肝心な農地を取り上げられるわけですから、

沖縄が伝統的に大事にしてきた農業そのものが

つぶれてしまいかねないほど大打撃を受ける。


・・・沖縄の県民一人当たり所得は、明治以来ずっと全国平均の60%、

数年前からようやく70%を越えたわけですが、

いちばん肥沃な農地が基地にとられているものですから、

残されたわずかな土地で人々は生きて行かなくちゃいけないという状況は

復帰前と変わっていません。


・・・例えば嘉手納町の場合、面積の83%が基地に取られ、

残り17%のわずかな地域で一万数千人の町民が生活していかなくちゃならない。

そうすると、そこに開発と自然保護という問題がおこってきた場合、

背に腹はかえられないということで自然を壊してしまう、

そういう悲しい事態が起こるわけです。(『筑紫哲也の世・世・世』)




今から20年前の本を読み返してみて、


状況は変わっていないようです。


現代社会の授業でもやっていると思いますが


沖縄の面積の1割が米軍基地です。


日本の基地の75%が沖縄に集中しています。


日本の面積のわずか1%未満の沖縄に、です叫び



「小指(沖縄)の痛みを全身(日本)の痛みと感じてほしい」




普天間飛行場の返還についてもその後進展がありません。



将来、沖縄に行くこともあるかと思います。


同じ日本国内の問題として


深く考えてみてください。




ではまた。