いよいよ18才に選挙権が与えられる。

小学6年生に「18才選挙権、賛成?それとも反対?」でディベートの授業をしたことがあるが、彼らなりに理由をつけて自分の意見をしっかり言えたことを思い出す。
それは、社会科をはじめとした日常の学習で対話型の話し合い学習を基本に置いてきたからであり、政治について自分たちの身近な話題を取り上げて学習してきたからである。

いま政府文科省は、にわかに高校生を中心にした主権者教育らしきものを開始しようとしているが、その考え方のあまりのお粗末なのには呆れてしまう。

60年代末期、大学での学生運動に連動して沸き起こった「高校紛争」を規制するために高校生の学校内外における政治活動を禁止する通達が出された。
それが昨年の10月、数十年ぶりに改定されたというのだ。

それは、この夏の参議院選挙から18才以上の高校生も選挙に参加するからだ。
政治に参加できるのに政治活動を禁止していては整合性がとれないからだが、通達の廃止ではなくあくまでも生徒を規制する発想から抜けきれていない。

現場の校長たちも、通達の内容が分かりにくいとして更なる説明を求めたということで、今度は文科省が高校生の政治活動に関するQ&A集を出したという。
それによると、休日のデモや集会に参加するときは「届出」させたり、生徒がデモ参加についての打ち合わせを休日に教室で行うことは認めないこと等を示唆している。

安保法制反対の運動等で、SEALDsの活動に触発された高校生たちも各地でデモや集会に参加する者が次第に増えてきた。
これは当然のなりゆきなのだが、これに対して政府は危機感を持ったのだろうか・・・。
例え休日でも、教室で生徒がデモの相談などをすることは許せないのだろう。
また、当該校から多くの生徒が安保法廃案のデモや集会に参加したとなると何か都合の悪いことでもあるのだろう・・・。
それで、一定のプレッシャーとして届出をさせるわけか・・・。

ところが、昨日の朝のNHKテレビで、スウェーデンの高校生の政治活動を紹介していた。
スウェーデンの高校では、例えば「集会やデモに参加することによって自らの考えを主張することが大切」というような授業で政治教育をしていた。
また、家庭でも親子で社会や政治の話をしている様子が取り上げられていた。
学校だけではなく、子どもをとりまく様々な所で主権者教育をしているというわけだ。

あのNHKが何故この様なまともな放映をしたのか目を疑ったが、これが主権者教育だと言わんばかりの内容であった。

これを機にNHKが権力から独立したまともなジャーナリズム精神を取り戻してくれればよいのだが、社内良心派によるささやかな抵抗が許容されたにすぎないのかもしれない。
しかし、一度でもこの様なあるべき姿が示された事実は、大きな力の中で苦闘する仲間に元気をもたらしたに違いない。

この番組は、さらに日本とは異なることを言っていた。
教員も自らの支持する政党や主張を生徒に話しても良いというのだ。
その他の政党の考え方等を合わせて紹介することによって公平中立性は担保できるからだ。

こんな当たり前のことが何故日本ではできないのか!
教員が自分の考えを持たずして、生徒に何を考えさせるのか!?

文科省は、教育を単に知識の受け渡しや教え込みとしか考えていないのであろう。
だから、教員に自分の考えを主張してもらったら困るのだろう。

生徒は自分の頭で考えることができないとでも思っているのだろう。
つまり、生徒を馬鹿にしているのだ。
小学生でも指導の仕方しだいで学習主体が確立できるのに、高校生をそんなに甘く見るのはいかがなものだろうか。
こういう発想自体を払拭しない限り、いつまでたっても日本では主権者教育なんて確立はできない。

今、「18才選挙権」で最も問われるべきは文科省それ自身ではないのか・・・。



<すばる>