私が中学校で教育実習をしていた頃の話です。
三年の学年主任と思しき男性教諭のクラスに配属され、社会科の授業の練習をしていました。
担任は多分担当教科が社会科だったと思いますが、私は授業を見た記憶はありません。
社会科の時間になると、「君にお願いするから自由にやって」と言って自分は教室から出て行くことがほとんどでした。
当時の私は、指示されるのが大嫌いでしたから、よく分からないままにも自分が勝手にできるというのは気が楽でした。
何年か前に当時の指導案を発見、悪筆な上に薄っぺらな内容のそれは、とても他人に見せられるような代物ではありません。
いくら実習生とはいえ、よくもこんなレベルで怒られなかったか不思議です。
もっとも、私は、「指導案」を書くとという類の真面目くさった方法が嫌いで、そんなものは授業に必要ないと考えていましたから、おそらく適当に書いていたのかもしれません。
さて、そんなある日、担任が朝から出張だったので、私が三年生の彼のクラスを授業はもちろんのこと朝と下校時のホームルームまで代役を務めることになりました。
出かける前に一言、「今日は帰らないから、一日頼んだよ。君の好きなようにやればいいから・・・」と言い残して。
しかし、そんなことができたのも、当時の中学生がしっかりしていたからだと思います。
まともな授業もできないのに、騒いだり笑ったりせずちゃんと付き合ってくれたのです。
最高に面白かったのは、宿直のアルバイトでした。
当時の学校は、男の職員が順番に宿直と言って学校に寝泊まりしながら警備をしたのです。
ある週末の宿直を頼まれたのです。
私は、アルバイトできるので喜んでひきうけました。
今思うと、あれは公的なものではなく、教員個人からの依頼だったのです。
彼らは宿直室で麻雀をしていたのです。
警備の仕事をしながら麻雀に集中はできませんからね・・・・。
今なら処分ものですが、あの頃は問題にもされなかったのです。
第一、今は学校警備の合理化で人員配置しておらず、宿直もないし警備員もいません。
たしかに当時の職員は週当たりの労働時間も長かったのですが、今ほどの残業もなく楽しみながら仕事をしていたように思います。
麻雀もその一つだったのでしょう。
そうです。
あの頃の教員は、自由な雰囲気の中で生きていたのです。
だから、子どもたちものびのび育っていたのでしょう。
「昔は良かった!」と言うと、年寄りの懐古主義と一笑に付されそうですが、私は真面目にそう言いたいのです。
やれ公務員としての服務規程だ、研修だ共通理解だ・・・と、立派な教師になることを求められ休む間もありません。
こんな息苦しい中で行われる「教育」が良いものになるはずがありません。
安倍内閣の教育政策に反対するのは当然ですが、もっともっと広い視野で学校や「教育」を考えていかないと世の中全体がますます生きにくいものになってしまうのではないでしょうか。