江戸川区教組は、28日から30日まで組合夏季教研合宿で郡山市内に宿をとり、福島県教組の協力をあおぎながら学習会やフィールドをしてきました。

郡山市中心部にある組合事務所前で放射線量を測定すると、空間線量(地上1m)で0.5~0.6μSv/hを示し、表面汚染をベクレル計で測定すると舗装道路で7万4千Bq/㎡を示しました。
これだけでも十分危険領域なのに、花壇や排水溝近くに行くと、空間線量で0.65、表面汚染で12万5千を示したのには驚きました。
更に唖然としたのは組合事務所建物の駐車場に面した一画はホットスポットで、何と51万4千Bq/㎡の数値を示したことです。

行政は除染を進めているとのことですが、アスファルトやコンクリート道路は水で洗い流すのが主で、これは除染と称した移染作業をしているだけということでした。
国が定めた「放射線管理区域」は、空間線量が0.6μSv/h以上・表面汚染が4万Bq/㎡以上ということですから、郡山市内は街全体が「放射線管理区域」といっても過言ではないとAさんは話していました。

また、原発に比較的近い川内村をHさんの案内で車で回りました。
水田は耕作できず荒れ放題、子どもたちの姿は全く見ることができませんでした。
たしかに空間線量は役場付近で0.1~0.4程度まで落ちていましたが、汚染された土地はどこまで除染されるのか大いに疑問でした。

180名近くいた中学校は、現在10数名の生徒が戻り授業を再開しているとのことでしたが、隣接する高校は廃校になり、帰村した子どもたちも多くの困難な問題を抱えた生徒が大部分ということでした。

初めてここを訪れた私たちは、緑に包まれ澄んだ水が流れるこの村は何と美しいものかと誰しもが思いました。

役場庁舎に掲げられた大きな幕には「かえる かわうち 全村帰村宣言 新しい村へ 私たちは歩き続けます」と書かれていました。
しかし、現実には多くの人々が避難したままになっています。

この静かで美しい村に誰だって帰ってきたいでしょう。それでも、何故帰れないのか・・・国や行政はどこまで何を考えているのであろうか?

あらためて原発の犯罪性を感じました。破壊された自然が回復するには、気の遠くなるような絶望感を抱きました。
と同時に、野田政権をはじめとする原発推進政治家・学者・経済界を許せない気持ちが高まりました。

地元福島の現実を見聞した今、反原発はもちろんのこと政治や経済の在り方を根本から変えていかなければとの思いがいっそう強まりました。

福島県教組郡山支部のみなさまには、あらためて感謝するとともに、さらに連帯した闘いを組んでいく決意を固めました。



<西>