もちろん、以前から定職に就くというよりは、数か月単位で接客のバイトを変えたり、当時は派遣の仕事も選べるほどの時代だったから、派遣の仕事をしていた。
でも、どこも数か月単位で辞めては次へというリズムが多かった。
仕事の事を話すと、上司とうまくいかない。時給が安い。交通費出ないなんて。など、理由は様々だったが、何かしら理由を作っては辞めては次への繰り返しだった。
この時期、正直に言うと、少し不信が募った。
自分は昔からの夢だった子どもと関わる仕事に就き、辛いことも沢山あった。意地悪なベテラン先生もいた。安月給に悩まされた。だけど、何よりもやりたいことを仕事にできてる
この事が一番のやりがいで、当時の自分を支えていた。
だから、難癖つけては仕事を転々とする妻の姿勢は少し不快だった。
そんな妻に大きな試練がのしかかった。
派遣で勤めた工場でよくいるような陰湿なお局パートに辛らつな言葉と態度を取られた。
○○さん(妻旧姓)さぁ、そんな生活してて、恥ずかしくないの?
若いのにさ、派遣でその日暮らしみたいな事して。
うちの子だったらひっぱたいてるけど、あんたは随分親に甘やかされて育ったんだね。
妻から聞いた話だから、少し過剰に盛られた部分はあるかもしれないが、妻はこう言われたと
言っていた。
そして、この言葉を境におば様パートからの無視が始まったらしい。
その後妻はこの工場を1週間しないで辞めた。
もしかしたら、妻の何かの言動がそのお局パートの逆鱗に触れたのかもしれない。
もしくは、意地悪なお局によくあるターゲットを作ってはいじめを楽しんでいたのかもしれない。
真相は闇の中だが、妻はこの工場での出来事が大きく影響して、不眠を患った。
パートから言われた台詞。
その日暮らしをしてるような若者は恥だ
と言う内容よりは、、、
うちの子だったらひっぱたいてるけど、あんたは随分親に甘やかされて育ったんだね。
妻にはこっちが堪えたように思える。
昔から父はいなかった。甘やかしてくれる存在はいつも足りなくて、ひっぱたいたのは全く関係ない場面。ひっぱたいたあとに、父はあろうことか、首を絞めた。
妻は不眠に悩み。ついには始めて心療内科を訪れる事となった。