Space早稲田演劇フェスティバル2011 開催します!!!
劇場とは自由に「他者」と出会う解放区=アジール( 避難所・自由空間)。
劇場を真に民衆のアジールに~創り・観る・寄り合いの場所~することが河原者の末裔であるわたしたちの永遠の課題である。
Space早稲田芸術監督:流山児祥
会場 Space早稲田 東京メトロ東西線「早稲田」駅1番出口下車 徒歩1分
〒162-0042 東京都新宿区早稲田町74番地 ビューロー早稲田B1
公演日程
◆4月29日~5月7日
楽塾 "宇宙下町大戦の巻~もーれつア太郎~"
◆5月13日~5月19日
龍昇企画 ~台所純情~
◆5月20日
シンポジウム~小劇場と小劇団のこれからを考える~
◆5月22日
及川恒平ライブ~及川恒平(六文銭)劇中歌を歌う~
◆5月25日~5月29日
studio salt "「ビタースイート」ー苦くて甘い5つのお話ー"
◆5月31日~6月5日
IN EASY MOTION "カタルシス、そして"
◆6月8日~6月15日
ピーチャム・カンパニー "peachum contemporary #1『ダンシング・ヴァニティ』"
◆6月18日~6月26日
オフィスコットーネプロデュース 「12人 ~奇跡の物語~」
オフィスコットーネプロデュース“12人~奇跡の物語~”は2011年6月19日(日)~30日(木)まで公演の予定でしたが、参加団体の申し出により公演期間を6月19日(日)~26日(日)に変更いたします。
お客様、関係者の皆様にはどうぞご理解いただけますようよろしくお願いいたします。
シンポジウム トーク録⑧
福井 スタンダードな話と。よくわかります。ある尺度は欲しい。絶対的に欲しい。が、その尺度を全て受け入れなきゃならないってなるのは非常に辛いです。例えば日本の演劇界でいうと、杉村春子はすごかった。72、3年前までの状況劇場はすごかった。トップであったと。その個人のパワーの大きさが。
村井 さっきのスタンダードも含めてトップリーグにしても、時代時代の風によって変わってくると思うんですよ。だから、これがスタンダードだという風にしたって、日本の場合、それ自体が変わっていかざるをえないっていう流れだと思うんですよね。むしろ大事なのは、常に新しい風をどう吹かすかという、そういう新鮮なものが出来るような、創作活動が保障されていくような助成。それと、教育の基礎固めほうが問題だと思いますよ。
福井 そうなんですよ。新しいものが常にピックアップされるのが本当のされかた、ありかた。管理体制ですよね。それが非常に嫌なんです。
桑谷 スタンダードは一つの権威になるかもしれませんが、あくまで模範としての意味です。条例や規則などを作るときの、お手本になるようなものといった方がいいかも知れません。作品の場合はどのような作品を選ぶかは芸術監督の範疇ですが、責任や役割についてはきちんと文章化されて契約書を交わす。日本でもそのような環境がスタンダードになってほしいということです。また新国立劇場の芸術監督の話になりますが、運営、予算、官僚組織などについて、どこまで知識や経験があるのだろうという事なんですね。何も知らないまま巨大組織に1人で乗り込んでいったら、やり込められてしまうのは明らかです。そういう構造が続いていているし、契約内容はどうなんでしょうか、少しは良くなっているんですかね。そうしますと、経験値っていうものを学んでから乗り込まないと、非演劇人たちにいいようにやられてしまう。じゃあ、芸術監督の経験値をどこで学ぶかっていうと、地域劇場などでキャリア積んで、準国立劇場などの芸術監督にヘッドハンティングされる。そういう構造を頭の中で描いています。。
福井 そう出来ればいいんですが、例えば、僕が、指定管理者制度のもとで、2年間葛飾のホールでホールマネージャーやっていたんですけど。そのホールマネージャー、ある意味芸術監督ではありませんが、ホールマネージャーの立場で、舞台監督などに伺っても、全く構造同じなんですよね。何の見識もないから話にならない。が慣例を持っている。今までの慣例を踏襲しなければいけないっていう部分で、何にもできない。という状況が。よほどの作戦立ててからでないと劇場をうまく運営できない、運営するほうの、官僚側じゃないほうが。
桑谷 仕事の仕方として、外側で戦う場合と、中で戦う場合とありますけど、僕は、組織の中に入って行政と戦う方を選択しましたが、その場合、戦う相手がはっきりしていたのでやりやすかった。福井さんがいうようにスタッフは、公立劇場の役割や組織というものを勉強していない。何のための技術かということを、学校や会社で教えてほしいとつくづく思いますね。組織人として失格のスタッフが本当に多い。それから、基本協定書というものを指定管理者と取り交わすんですが、それを理解していないなら問題ですね。
福井 話し、あちこちしますけど先ほど永井さんおっしゃった、大きな劇場で芝居なんか作れるもんじゃないっていう、例えば、先程のトラムであったり、なんていう事で、いくらかその流れが、ちゃんと芝居が見れる・出来る環境が、とっかかりが出来たんではないかなあと僕は思うんですけど。
永井 地方にはないんです。新劇の劇団はほとんど、演劇鑑賞会に買ってもらわないとやっていけないし、よほどの人気劇団でない限り、東京公演で黒字が出るとこなんて少ないと思うんですよ。東京公演は小劇場でやればやるほど、赤字はかさみますから。その赤字をうめて年間活動費を出すには、旅公演として何ステージか買ってもらうしかない。そして、買ってもらうたびに下手になって帰って来る。旅公演のために、演出を全部変えた事があった。劇場が大き過ぎて見えないから。「手が見えません、横向いて下さい」とかね。どの地方に行った時にも最高のものを、精一杯ここまで到達したものを見せたいと思うけれど、ひどいな~、二兎社ってつまんない芝居やるなと思って帰る人はいるでしょうね。いい時もあるけど、東京でつくった芝居と違ってくるから。
桑谷 永井さんね、新国の中ホールではやっぱり芝居はできないでしょう
か。小ホールばかりではなく中ホールでも芝居をしてほしいんですが。
永井 中ホールは1000いってないでしょ。あれいくつですか?
村井 1038席ですね。しかし、中ホールは使わない方がいいんじゃない。
永井 多分劇場のつくりっていうか、消防法があるから、日本の劇場って一番後ろの席の人が舞台から何メートル離れているかは、あまり考えて作られてないと思う。
村井 それを一番考えているのは、実は四季の劇場なのよ。
永井 アメリカでガスリー・シアターという劇場に行ったんですけど、客席が800もあるのに、800席に見えない。一番後ろの席でも舞台から遠くなり過ぎないように、客席が面白い形に設計してあるんです。それ、大事な事でしょ。客席を縦長にするっていうのが一番やりにくい。時間差が生じて。
村井 サンシャインとかですか? セゾンとか。
永井 それから、舞台が妙な高さになっていると、最前列の観客は役者の足下が見えなくなる。演劇の魅力って、私たちの努力を超えて劇場に左右されると思います。
島 確かにそういう劇場多いと思うんですよ。ただ現実に私たちがどういう風に作っているかというと、そういうスペースにお客さんを何人はいれるように作ってくれませんかって、プロデューサーから依頼が来る訳ですね。
永井 動かせるわけ? 可動式。
島 そういう依頼の元で作るわけで。それは、幾ら大きいとこでも、400の席でいいですって、言われたら私だってそういう風に作りますよ。そういう事なんですよ。だから大きい劇場だからできない、ってこっちゃないんですよ。
永井 動かせればね。
島 あくまでもお客さんの数が、一体どの位なのか、っていう事で、こっ
ちは考えますから。
永井 それが出来ない劇場ありますよ。演技空間を前に出せないんだもん。
島 ただ、作れるよね。
永井 でも、明かりが当たんない。
島 それはね、芝居によって違うわけ。
永井 地方に行くと、舞台づらから黒い布を敷いて、演技エリアから外すことがよくある。舞台の前面に明かりが当たらないようになっているところが多いから。
島 その場合にどこに仮設するなどいろんな事がありえる訳ね。一概に、大きいから駄目、ペケだっていうにはですね、いろんな条件がそこには入って来る訳ですよ。
永井 客席数がね。
島 客席数っていう大きな問題があります。それをもとに私たちはやってます。ですから、いくら大きいところでも例えば、じゃあ1000人入るとこに300人入るでいいですよっていう時もある訳ですよ。その時はこっちでそれを考えればいいんです。そういう風にして、一応、舞台空間は作っているつもりなんです。勿論遠くて見えない、とんでもない劇場一杯ありますけども、ただそれはね、できないノーの判断は、大きいとこだからだけでペケだっていう風にはならないんですよ。色んな使い方出来るんです。
永井 確かに大きい劇場に、うんと大きい舞台を作って、客席が300でいいなら、それはすごく面白いと思いますよ。
島 ものによって違いますから、色んな選択肢はあるってことよ、やっぱり。
村井 永井さんの場合は旅バージョンができないとね。
永井 旅は仕込みの時間も限られ、バラシの時間も限られ、客席については、主催が会館だったり鑑賞会だったりするから、私たちの自由にはならない。主催者側は儲けなきゃいけないわけだから、こういう条件ででやって下さいって。地方で自主公演する力がない限り、自分サイドで大きな舞台を作って、客席を少なくするっていう事はできないんですよ。
村井 そろそろ時間が、30分以上オーバーしてますんで。最後にひとつだけ、誰かもうひとかた。聞きたい事あったら。なんかございますか。
なければ結論は別にありませんけども、つまりこういう状況の中で、どうやっていくのか、今日参加した皆さんも、我々もそれから劇場も、演劇環境がどうあればいいのか。引き続き考えていかなければいけないかなと思います。
今日来て下さった、パネラーの永井さん、桑谷さん、川口さん、麻生さんどうもありがとうご
ざいました。(拍手)
龍 また宣伝にはなりますが、非常に役者がうまくなれる劇場でまだ演劇フェステイバル続きますんで、是非ともこちらの方も上手い演技が見られると思いますので、お願いします。どうもありがとうございました。(拍手)
追記:
シンポジウムが終わって、しばらく時間をおいてこの記録を読むと、そもそも「劇場法」って本当に必要なの? という気がしないでもない。重点支援されている「創造劇場」候補は、「劇場法」がなくとも、すでに独自に作品を作り展開しているところだ。アーツ・カウンシルにしても、現在の仕組みを改良し、説明責任できるようにすればいいし、事業助成にしても、経理を明快にし、団体助成も行なえるようにすればいいだろう。そしてそれは可能なことだ。コミュニケーション教育にしても、実力不明の演劇人がわざわざ各地の学校を回るよりも、現在の文科省の教員養成課程にちゃんとした講座をつくり、教員自身がそれを直接学べるようにするのが筋だ。とすれば、残るのはセーフティー・ネットのみとなる。しかしこれも、関連する法律や条例を手直し、調整すればあらかたカバーできるのではないか。そう考えると「劇場法」って何のための何なのさ? という気がしないでもない。幽霊の正体見たり枯れ尾花、でなければいいのだが。(村井健)
シンポジウム トーク録⑦
永井 「劇場法」と直接関係するかどうかわかんないですけども、旅公演であちこち回っていると、いっつも考えるんですよ。「ここの、こんな大きな劇場で成立する演劇ってどんな演劇だろう」って。この劇場に見に来て、「演劇って面白いなあ」って、思った人、どれだけいるだろうと。日本は芸術性より経済効率を優先するから、お客をいっぺんに入れちゃって、人件費も少なく済ませようとする。大きな劇場をたくさん作って、多目的ホールじゃないですか、ほとんど。そこで、関係性の芝居はできないんですよ。
新劇がスタニスラフスキーを日本に紹介して、千田是也さんも「近代俳優術」ってもの書いて、俳優には俳優術というものが必要だ、それは科学的な心理観察だとか、そういった原理に基づくものなんだと教えようとしたはずなのに、新劇は演劇鑑賞会に支えられて、ああいう大きな劇場に行く。そしたらこういう話し方は出来ないの。
「村井さん、どう思いますか」(腹式呼吸を実演して見せる)こっち向きながら声を、遠い遠い客席に届けるために「は! は!」(腹式呼吸実演)と。
私が演劇学校に入った当時は、まだ自動販売機なかったですからね、先生がいちばん最初に教えた事は、「駅で、駅員さんに切符の行き先聞き返されたら役者の恥です」
「西日暮里!」(腹式呼吸実演)なぜ西日暮里だかわかりません。「西日暮里!」(腹式呼吸実演)この位の大きさ(の声)で買うんです、切符は。そしたら客席の一番後ろまで声が通る。だけど芝居っていうのは、相手役との関係で作っていくもんでしょ。相手役との実際の距離、そして心理的な距離感から生まれる関係。そういう演技術を教えながら、一方で「西日暮里!」ってやってたら、もうね絶対俳優は混乱する。だから私、アングラの人が出て来て、そのリアリティーに驚いたんです。それぐらい、新劇の人から生身の人間らしさが失われていた。あの頃は大劇場でやる場合でも、舞台にマイクを設置して、声を拾うことさえ役者の恥、音響さんの恥とされていたから、とにかく生声で客席の最後尾まで届かせなければならない。そして、何が演技の基本かって言う事を忘れ、演技はどんどこ説明的になっていく。だから、私たちはリアリズムっていった時に全然統一見解がないです。アクターズ・スタジオにしても基本はスタニスラフスキーだったり、共有するシステムがあり、ライセンスがあるけれど、日本にはそれがない。ない事がいいっていう考え方もあるだろうけど、私は客席1600、1200って会場に来た時に、どうやってここでいい芝居やりますかって思う。
村井 松山3000でしょ?
永井 だからね、ありえないですよ。劇場法が出来たって、どんなに立派な芸術監督が来たって、1000席を超えるような小屋で、いい芝居をする人は少ないだろうし、素晴らしい演劇体験なんか出来やしない。だからいつまでたったって演劇の観客は増えない。演劇は限られた空間、せいぜいお客に役者の表情が見えて、呟いても聞こえるぐらいのところでやらなきゃ。そういうところでは、絶対採算とれないんです。でも、そういうところで芝居を見た時に初めて、あ~演劇っていいなって思う人が出て、観客が増える。
村井 アメリカでもロシアでもそうだったけども、これ位の小さなスタジオを、どんな劇場も持ってる。大・中・小必ず持っているわけ。だからすごくコミュニケーションとりやすい。モスクワ芸術座だって大きく見えるけど760席だからね。ちゃんと自分達の表現が届くところでやっている。逆に、つまんないとこに金やるんだったら、こういう劇場に、小さい所に使用料金をバックアップするとか、お客の料金を下げて。
永井 そうじゃないとね、役者がうまくなんない。演出家もうまくなんない。本当のスタニスラスキーも伝わらなかった。平田さんの演技論が全盛になるのは、わかりますよ。非常にとっつきやすいし、彼はそれを皆に楽しく広げる努力をした。ところが新劇の先生は、ものすごく演劇教育下手だったんですね。そしてアングラにそんなもの無い方がいいと言われて今日(こんにち)に至るという中で必然的に出てきたんだと思う。平田さんの演技論がね。村井さんもさっきおっしゃっていたけど、もしも、それが心配ならば、自分達がやんなきゃ駄目ですよ。劇場も、ものすごいでかい劇場で無理してやらない方法を考えて、そういう中で成立する表現というものを極める。観客が増えない限りどんな助成金もらっても駄目だし、客寄せのためにスターを出すんじゃなくて、演劇ってものが、もっと多くの人に面白いって思われたらね、私は多様なあり方はあると思う。
村井 そこが基本なんだよ。
永井 ここはいい劇場ですよ。タッパがちょっとないけど。
桑谷 最近の公立劇場は、大の他に中・小タイプのホールもつくられるようになって、例えば世田谷にはトラムという設備の良い小さい空間の小劇場があります。座・高円寺でも約250席の小劇場が2つあって、よくパフォーマンスに使われています。しかし、行政に小劇場をつくることを提案する際に心配事がありました。ある大学教授に、行政が小劇場をつくったら民間の小劇場を潰すことになるとアドバイスされましたし、実際に民間からの圧力もありました。そういう構造が東京にはありましたが、実際は、行政は小劇場については全く無関心でした。
地方にもいい小劇場が沢山出来てきました。これは、パフォーマンスに必要だという他に、別な理由があります。それはバブルがはじけたことで、行政は運営や経営の面での予算削減を迫られ、市民は経費が安くて済む小劇場利用が多くなるなど、経済的な理由で小劇場が見直されるようになってきました。今後はそのような理由で小劇場ブームが続くんではと思います。
永井 変な箱を作るくらいなら、こういう所でやった方がまだいい。こういう所にちゃんと助成金が出てね、完全にペイできないですからここだったら。
村井 「上海バンスキング」の初演やった、アンダーグランド自由劇場だってこれ位の大きさですよね。50~60人。幕がない。だから明りがつくと、役者が目の前。目が合ってお互いに困っちゃった、みたいな、そういう体験をしながらお芝居を楽しんできたっていうのがあるんだけど。そういう意味では何を表現したいのか、何がやりたいのか。そしてその為に、儲け仕事とは別な形で、どうとでもできる空間で、何を届けるかって。
永井 ばかでかい劇場って、スト―リーを表現する以外にできないんですよ。
村井 できないね。
永井 それが多分つまんないんだと思う。ストーリーって大事なもんだけど、ストーリーが目的になっちゃあつまんない。
村井 なんか誤解しているんだよ。つまり、スターを見るために、なっちゃっているよね。
永井 スターを見るのもいいけど、自分の人生を見に行くっていうかね、自分の人生を別な角度から見る為に行くっていうような気持ちが自然に観客に起きるには、ふさわしい大きさが必要。経済効率のために、そこが無視され続けてきた。
村井 桑谷さんなんか、いろんな他の劇場見ていますよね、地方のとか。例えば、このリハーサル室を小劇場にしちゃえば低予算でひとつできるのに、っていうのは、絶対地方の人はしないんだよ。不思議だよね。
桑谷 その場合、目的外使用とか料金設定の変更は、議会に諮らないといけないので行政が嫌がる。それから地方にはスタッフがいないので、面倒なことはやらないということでしょうか。今も地方の行政にかかわって仕事をしているんですけど、こんな話がありました。私の市は県内で3番目に大きいから、客席数も3番目の大きさの劇場を作りたいと。未だに行政は、シンボルとして大きい箱の劇場をつくりたいという現実は変わっていない。それから文化施設の出来る前には、公開の市民検討委員会も行われて色々議論はされるのですが、一般市民や文化団体も立派な箱が出来ることを望んでいる人は多い。
また、指定管理者制度についていえば、指定管理者制度そのものは悪くないんですが、でも、悪用しようとすれば制度は悪いものになる。その典型的な例が入札制度です。更新のたびに事業内容より見積もり金額で指定管理者を選ぶ。これは本当に問題で、安ければよいということだけで指定管理者が選ばれたら、公立劇場の存続にかかわってきます。行政は確信犯でこれを繰り返していますが、公立劇場はそのうちメルトダウンしますよ。
村井 客観的には震災が起きたために来年度以降の予算が完全にどれだけくるのかどうか、そういう意味ではまだまだ不透明だよね。
桑谷 地方行政もそうですが、文化庁などの文化予算もそうで、来年度は全く予測付かない。「劇場法」を満足するような組織体制が出来ても、将来予算がつかなかったら劇場法が破綻しかねない。先程スタンダードって申し上げたんですけど、新国立劇場があらゆる点で日本のモデルケースになって発信していないのは残念です。名ばかりの新国立劇場なら悲しいものがあります。海外からお客さんが来たり田舎から父親が出てきた時に、区立の公立劇場と同じ程度ならわざわざ新国立劇場に連れていかなくてもいい。色々な面で日本のナショナルシアターとしての役割を果たして欲しいなっていう風に思っているんですね。芸術監督の例をあげると、重要なポジションの芸術監督がどうして非常勤でいいんだっていう風に思うんですね。芸術監督はそんなに暇なのかと。そんなにやることがないのかっていう風に思うんです。それに権限や責任はどうなっているのか。そういう意味で新国立劇場は真のスタンダード論を持ってほしい。
村井 違うんですよ。非常勤の方が都合いいわけ。やるほうも使うほうも。使うほうからすれば、非常勤で理事じゃないからコントロールしやすいし、人事と予算に口は出せない。やるほうとしては、芸術監督としての給料は入ります。それと別にアルバイトしてもいいと。つまり、日本の演出家っていうのはフリーでしょ。フリーだから仕事は一杯とっとかないと不安なのよ。いくらでも引き受けますと。だから、オフシーズンになるとほとんど、もとの自分の劇団とか他のとこで演出して、もう46時中二十日鼠やっているじゃないですか。だったら芸術監督になるんだったら、国立劇場の仕事に専念しなさいって形でビシッと枠をはめてかないとさ。できれば常任理事にすべきだと思いますよ。
桑谷 そうすべきだと思うんですよ。日本のナショナルシアターの芸術監督はそういう形にならないといけないし、私達が芸術監督制を考える時の模範になっていなければいけない。それから日本には現代劇をやる国立劇場が1つしかない。今後、幾つかの公立劇場を準国立劇場として格上げして、トップリーグのようなものを形成し日本の舞台芸術をレベルアップしてほしい。芸術監督も競争せざるを得ない環境で仕事をしてほしいと思います。韓国のナショナルシアターと比較しても、様々な状況の場面で追い抜かれていることは確かです。
村井 ぼくは、本当に日本にスタンダードを作り出すなら、演劇の基礎教育から根本的に再構築しなければ駄目だと思いますよ。福井さん、どう?
福井 トップリーグ?
桑谷 サッカーでいえばJリーグ。ファンは熾烈な戦いを楽しんでいる。そのトップ
リーグがないわけですよね、今は。層を厚くして人材を育て交流する必要がある。例えば道州制を参考にして、必ずそこには国立劇場的なものを作る。それと、アメリカのリージョナル・シアターのような非営利の地域劇場です。何のための「劇場法」かというと、本当はその辺にあるんじゃないかと思っております。すべてのレベルアップのために、そのような視点から「劇場法」というものを捉えていきたいなと思うんです。いま語られている「劇場法」とは違いますが。
シンポジウム トーク録⑥
どうですか皆さん。ここまでの話の中で。オレはこう考えるとか、
これはおかしいとか。意見のある方。
宗重 僕は黒テントの者ですけど、40年続いていて、20年前後、助成金が出てんだけど。ずっと思っていたのはやっぱり助成金に頼らない集団というものを作らないといけない。で、それは何かというと、助成金っていうのは出たらやらなければならない、公共の劇場もそうなんですけど、公共の劇場というのは、あれば続けなきゃいけない。途中でやめる事ができない。
でも、劇団っていうのはやめることもできるし、お金がなくても続ける事もできるんです。自由なんです。で、そういった意味で意識はプロでも、やっている事はアマチュアなんですよ。アマチュア意識っていうのは、小劇場や小劇団には絶対に必要で、雇用というのが入ってきた時に、雇用制度、役者というのは雇用制度でダメになるんです。劇団の場合ですけども。プロの役者ではそういうのあるかもしれないですけども、劇団で組んで雇用制度がきた途端に劇団のメンバーシップっていうのはバラバラになってしまうんではないかと。
今、雇用制度で食べられているのは、劇団黒テントも照明家とか、音響家とか抱えていましたけども、段々それが、助成金制度が出る事によって、外に会社を作り始めた。会社でスタッフが食べられるようになった。いつまでも劇団に残っている人達が、身銭を切ってやっている。助成金が勿論出て役者にも出るんですけども、それはギャラじゃないんです。組合費ですね。組合費はまた返還するという繰り返しで、不正ではないにしてもそういう事どの劇団もやって続いているんです。それはアマチュアなんですよね、皆。それでもやろうという情熱がある限り、小劇場っていうのは続くんですけども、それがお金というものが固まってきたら、情熱っていうものは無くなって劇団でやる必要ないし、プロデュースやユニットでやればいいんじゃないかという風にかたむいている。今やらなきゃいけないというか、今の現状を、見極めるという事が一番重要で、劇場法って今ないものを監視する事はできない。
今やれるってのは、今やっている文化庁やらの補助金の制度がはたしていいのかって事を徹底して追求するべきでしょ。で、採択・不採択っていう風になる場合、不採択になった場合、理由っていうのは公開義務があるし。実際に審査員の方々も、名前が出ていますが、それを任命した文化庁にも任命責任があるんですよ。その事をきちっと追求して、何故、今年の助成金もらえなかったのかという事からまず立ち上げていかないと具体的には何も進展していかない。劇場法ってのは、訳がわからない。監視するだけで、何もかわっていかない。一番問題は芸術評議会、どういう基準で、厳正なる審査というものがなんなのかそういう事がもし、まあ、申請の時に出ていますがその事がなんなのかっていう事を、どんどんどんどん細かく開示していくという事を、やっぱり演劇人は追求しなくてはいけなくて。
作品の良しあしというのは何を基準にしているのか、それは評論家の方々や、審査員の方々の意見だったりをオープンにすべきで、そこからでないと、今具体的に劇場法・アーツ・カウンシルができたとしても、誰がどうなのって事は決められた後ではどうしようもないなって。今この団体で不採択になった理由っていうものを、納得するまで追求するという事をやってきてないって事をいつも思ってしまうんですよね。
村井 そうだよね。そこが難しいよね。
宗重 僕のところは中核劇場という事で5年間頂いているわけですが、先ほどいっていた重点支援劇場で、12か所ありますよね。これが劇場法にのっかっていくんだとしたら、東北にはないし、それはいかがなもんかなって思いますけど。
村井 民間の「わらび劇場」とか入っていたと思うんだけど。まあ、森さんなんかそこら辺のとこ知らない?
森 劇場法でいくと国からは2分の1、地方の自治体が2分の1なんですね、
村井 それはそれで問題なのね。
森 だから、例えば5000万払ったら、1億のものがとれる。
村井 だから、いろんな開発で、国から補助金これだけ出しますよと。そういうお土産ぶらさげて食いつくのを待っている訳だ。実際にそれで体育館とか市民会館とか出来たじゃないですか。でも、その後の運転資金に窮する、というような状況と同じようになる訳ですね。場合によっては。
森 地方の自治体で文化予算を持ってないとこだったらその地域格差が完全に出てくるし、ある劇場でお金がふんだんに使える劇場があれば、またそれ以上のお金がそこに入ってくる。貧富の差が一杯できている、って事にはなるでしょうね。それって本当に地域に文化があるんですか、って事だよね。そういう所にお金をかけられる自治体は、もっともっともらう事ができちゃう、というような理屈にはなっている。
村井 松山なんか、去年お金おりた時に、県の方で受けたんだけども、使い道分かんないから県の文化祭に全部使っちゃって、演劇関係にはまったくお金おりてこなかったようですよ。
A 私は完全に観客の立場で拝聴しているのですが、「劇場法」以前にもっともっといろんな問題考えておりまして、話の流れがずれますが、まず地方でこういう我々が毎日体験しているような素晴らしいものが、見られないって事はまず一番問題点かなと思うんですね。これを地方の方に是非見てもらいたい。我々は、小さい劇団のお名前なんか良く存じあげる訳ですけども、地方の方はそういう存在なんか全然知らない訳ですよ。その小さい劇団の素晴らしさなんかを是非味わってもらうためにはどうしたらよろしいのかなあとか。あるいは「劇場法」みたいなものができそうなんですけども、その成立にも、例えばヨーロッパとか欧米の劇場の成立とは違うような、アジアの例えば韓国とか台湾とか、そういう部分の情報をもっともっと取り入れて、法律の成立に使う事も必要ではないかなとか。いろんな問題が頭の中でぐるぐる渦巻いてます。
村井 ありがとうございます。あなたはどうですか?
内野 そうですね。実際難しいことはわからないんですけども。
村井 それやめた方がいいよ。難しい事は良くわかんないって。よくドラマに出てくる女の人の台詞みたいだよね。いいんだよ。今考えたこといってくれれば。
内野 そうですね、確かに国からお金がもらえてお芝居ができれば。
村井 芝居やっているの? 宣伝だから名前出して。
内野 昨日まで。
村井 あ、なんだ。見た見た、ごめん。
内野 内野と申します。国からお金もらえて、それで芝居ができれば。そうですね。楽っていえば、楽じゃないんだろうですけども、すごくやりやすいとは思いますが、その分、障害を乗り越える自分のパワーが、それが殺されていくような気がして。そこはちょっと問題かなと。自分自身、そういう力がなくなっていった時はお芝居やめる時かなって思います。
大上 一応助成金の研究組織と名乗っています、大上と申しますが、今回、「劇場法」の戦い方というんだったら、完全に戦い方の問題だと思うんです。まず、文化系助成が増えてきたかっていうのは、大まかに芸術文化振興基本法の前ですけども、要は教員削減とか文部省・文化庁の予算閣議が起きた時に、違う事で予算を立てる為に単純にできた事でしかないと、因果関係見ると、見えてくるんですよね。なんで予算をたてるのか、そこで削減するんだったらって、それが見えたので、今回も結局、発想は同じで、今回も予算をかけやすいとこにシフトを変えていこうということなら、完全にそれで流れがいくと思いますよね。完全にそういう風に見えやすい劇場にお金を流す方が、劇団に流すよりも、明瞭に見えるから、という事で流すと思うんですよ。これに対しての戦い方っていうのは、完全に政治的な戦い方でしかないんですね。皆、平田さんを悪く言いますけども、参与になったというのは、岸田(国士)さんが入って以来のいい事だと思うんですよね。正直、評価として岸田さんの時は何もしなかったというのが前提ですけども、平田さん結構、いろいろとやっていて、昨日もわざとじゃないかっていう失言してますよね。あれはどういう意図なのかって。あんだけあの、感情とかそういうのにとらわれないような人がなんかちょっと失言していますから。
村井 そんな事ない。彼はしゃべりたくなる人なんです。だから、あれはすごく良く分かる。いっちゃった。
大上 いっちゃったんですかね。それだったらあれですけど。この前の新国立劇場のかたの話でもあったんですけども、結局戦い方って、別に演劇人が何かいうっていうよりも、政治的になんかやってかないといけない話だと思うんですね。と思ったら、今の現行の演劇人で、平田さん以外に、政治的なつながりを持って、戦える人間がいないかなって。
長い話で考えると、東大出身の人間とかそういう官僚的なつながりが
出てくる人間を、今やっぱり、歴史見て行くと正当な演劇って、反政
治であり、そういった中で作ってきたから、あんまり逆に「官」に取
り入れられる人間っていうのが少ない。そういう人間がいてももつく
られるものは面白くないと思うんですけど。だからと言って、そうい
う人間も活用して、大久保利通が作って以来の、「官」というのは頭
が良くて、「民間」というのは馬鹿だと。「官」がどうにかやってい
かなきゃいけないという話で、今まできている訳ですね。それに対し
てどうアクション起こしていくかで、芸術文化振興基本法作る時に、
文化庁でちょっと話聞いたんですよ、官僚というか、文化庁の方で、
やっぱ法律ないと動けないでしょ、って。私たちも何かしたいんだけ
ど、文化のとこに在籍しているからしたいんだけど、何にも法律がな
いと動けない。
何をしたらいいか。だから法律は一応つくるよって話になって。向こ
う側だってそんなに悪くいわれるだけでなく、官僚でもいろいろ考え
ている人もいて、お互いにアクションの起こし方、うまい政治的なア
クションの起こし方なりなんなり、そういうところをやってないんじ
ゃないかなって思ってしまう、っていうのが僕の意見です。
村井 そこは難しい。というより政治には深入りしないほうがいいと思う。岸田国士はあえてそれをやろうとしてできなかったし、利用もされた。状況も、いまどころじゃなく厳しい時代でしたよ。いまとは大違い。しかし、平田君もそうなるかもしれない。だけどそういうとこにアクションおこせる人間が、40代の中から出てきたって事はとても素晴らしい事だと思う。だからこそ逆に慎重にやって欲しいし、そこで僕がさっき危惧したような形になって欲しくない。もっとオープンに。だけど、取り込まれているのではないかなと。あの「ソウル失言」など完全に「保安院・東電」よりの発言だし、そういう認識だよね。とても表現者の発言内容とは思えない。平田君自身はよかれと思って、今自分でなきゃこういうことできないと思ってやっているんだろうけどね。
大上 とにかくそういう人間を輩出していく事しかないと思うんですよね。一般的には対立抗争といったって、ほとんど入り込んじゃって、いくしかないんで、喧嘩してやめてもいいと思うし。
村井 それがヤバイんだよ。本当は。対立抗争以前の問題でしょう。具体的なモデルすらいまだに提出されてないんだから。それを出しなさい、ということなんだから。平田君ももっとざっくばらんに、例えば世田谷の時みたいに、味方に近いところだけ集めて議論するのでなくて、異論のあるところでちゃんと意見を交換する、戦わす必要があると思いますよ。あなたが仕掛けていってもいいだろうし。
他に何かございましたら。
