Space早稲田演劇フェスティバル2011 -2ページ目

シンポジウム トーク録④

村井 島(次郎)さんなんかはどうなんですか? 舞台美術のお金。始めたころから比べたら大分伸びたでしょう。

いや、そんな事ないですよ。さっき言った0円から、ずっといって、私、永井さんにものすごい感謝している事があって、一緒にやってですね、プロデューサーが買い取りでこの数字でどうかってきたんですね。で、永井さんはこれ旅公演あるからすごいステージあるよって教えてくれたんですね。それで私の舞台の中で一番ギャラがいいのがあれです。

村井 あれって何?

永井 「ら抜きの殺意」です。

あれはステージ数がものすごい多いので。私はその時破格の、プロデューサーが最初60万かなんんかで買い取りたいっていったんですよ。すごい嬉しかったんですよ、私その時。60万も出るのって思いましてね。ところが永井さんからその話を聞いて「え、これで売っちゃだめなんだ」ってなりまして、トータル1ステージがですね、私あんとき5000円もらいました。だからちょっと総ステージ数わかりませんけど……

永井 多分25ステージまでが、基本プラン料で、あとはローヤリテイー。

そうです。その、団体によって違いますけども、ステージ数すごい多かったですね。

永井 3年間で全国制覇したの。演鑑ね、あれを二兎社でやっていれば。

じゃあ、新作で。

永井 なかなか……

で、その時は。

永井 いや、多分できなかったですよ、3年間も二兎社で。

あの時は200万位になったんじゃないですかね。

永井 あ、そうですか。

それが最高です。

吉田 ちょっといいですか。吉田といいます。黒テントで17年位役者と制作やって、その後ストーリーレーンという事務所で劇場関係の仕事をしていました。昔、黒テントでどうやって飯食えるかシュミレーションした事があるんですよ。その時は、100ステージくらいやっていたのかな、でも、200ステージやんないと食えない。それでも当時の予測で1人10万円位。芝居が日銭の入る商売だとして、10日や20日店開けて、それで飯食える訳ないんですよ。食えなのが当たり前でさ。だから雇用促進って言うけど、食う事がそんなに大事な事なのかなって思う訳で。それから果たしてその人が給料もらったり、国から補助もらったりするほどの力量と技術を持っているのかっていう事も疑問だし。その基準もない訳で。それからもうひとつ、僕は地方の公共劇場を10年位手伝っているんだけど、この国では、公共劇場が何するところかっていう社会的なコンセンサスがとれているとは思えない。本来あそこがモノ作る場所だなんて市民の誰も思ってないんだから。少なくとも欧米っていうのはかろうじてそれがあるわけですね。ここはこういう場所だって。公共劇場の役割も、俳優を計る基準もあいまいな日本で、劇場にお金をおろすってことは、結局一部の人がそこ中継点にしてそのお金吸い上げるだけじゃないの、地方にそのお金を還元させるとは、全く思えない。桑谷さん、地方の劇場の館長なさっていた事あるけど、お金がそこに投入されて客が増えたって話も聞かなければ、その地域の創造活動が盛んになったなんて話も聞かないですよ。

結局は劇場に連なる人脈がそのお金を持っていってしまう。日本では、飢え死にする事はないんです。たかだか芝居やっているくらいで。自分が食ってく才覚は税金頼みじゃなくて自分で何とかしなければいけないんじゃないのかな。

日本の演劇の豊かさってのはさ、もすごく才能があって、っていう人も居れば、明日からオレ役者やるんだって宣言して芝居やる、っていう人も居て、その幅の中にあると思う訳、それが日本の良さなんじゃないかな。そんな法律出来ると誰でもは芝居なんかできなくなっちゃうよね。日本には、何の資格がある、どんだけ足が上がっる、どんだけ声が出るって基準ないもん。欧米は確かにあるらしいんですよね。だから俳優は尊敬されていて保障もされているけど。片方であなたはやっちゃいけませんっていう風にふるい落としていくわけですから。「劇場法」で日本もその方向へ行くわけ? お金をもらう価値があるかどうかという俳優の基準も、納税者に了解させる社会的な基盤もないところで。現状では、僕らが今後芝居をやっていくためにはやっぱ、補助金がなかったら出来ないですよ。今の自由勝手なやりかではダメってこと? その辺りを考えないと。芝居で食えるかどうかどうでもいいんです。僕なんかはそうですね。

村井  でも、少なくともものを作る、作りたいものを作る、プレゼンテーシ ョンしたいっていう時の為に、ツールとして、使い道がちゃんとあってれが割と公明正大に使えるのであれば、あった方がいい。そうすると、劇場の事もやっぱりチェックしていくという事が必要だと思うんですよ。

吉田 実際日本の国で法律通す時の官僚の常套手段ですからね。僕らがぐずぐず言った位でどうこうなるもんじゃないのかもしれないけどね。逆に関心をもたれたら困る訳で。関心を持たないようにしていつのまにか通しちゃう、っていうのが常套手段ですから。

村井 関心をもたれたら困る。だけども、多少の声も聞いとかなきゃいけないってことで演劇界には流すわけですね。だけど一般には「劇場法」なんて、誰も知らない訳でしょ。でもこの「劇場法」ができた場合に使われるお金っていうのは、全部国民の我々の税金なんですよ。だからそういった意味ではやっぱりほっとく訳にはいかないのでは。

吉田 ほっといたりしたくないし。だからこういう機会が沢山あった方がいいとは思うんですけどね。

村井 そういった時に、やっぱり基本的な知識なり情報を共有しつつどうするのか、という事だと思うんです。おっしゃっる通り、欧米と日本では劇場そのものの成り立ちもバックボーンも違う。俳優の養成にしても。例えばロシアの演劇大学に入る場合は、各大学とも、俳優学部はだいたい20人。ここに4000人から5000人が応募してくるわけですね。それだけの倍率を通って20人が入って、さらに卒業する時にはこれ15、6人になっている訳です。更にこの15、6人が、ロシアは国営だからっていって皆ちゃんと就職先が決まるかっていうと、そうではなくて、卒業公演見て、「君うちに来るか」って形でチョイスされて、つまりオーデイションと同じですよね。それで入る。最初は1年契約なんです。で、1年して、翌年「君はもういいよ」っていわれたら慌てて次の仕事先を探さなきゃいけない。そういった意味では、アメリカもロシアも相当の競争原理社会という事になる訳ですけども、そういった環境も教育も含めて日本と欧米とはかなり違う。それをそのまま日本にあてはめればいいのかっていうとまた違ってくると思うんですね。

吉田 美辞麗句並べて、どうとでも取れる法律になりますよね、必ずどの法律も。でも具体的に、半分は地域の人達の為に使わなければならないとか、半分は3人以下の劇団に使わなければならないとか、しばりがないと、それに、未成のものや、未完成のものをちゃんとフォローしないと、演劇はダメになると思う。芸術監督や館長の知り合いとかに税金が使わているの見るとたまんないなと思うんですよね。地方で仕事していると。貰う方もそこが生命線な訳で。これは離しませんからね。他の人が参加する事も阻むし。だから今だってフェアじゃないなと思う訳で。桑谷さんは、その辺どう思うんですか。

桑谷  日本に欠けていることは色々あって、館長や芸術監督についてもそうだし、芸術文化に対しての地方自治体の取り組みもそうだし、公立劇場の運営についてもそうなんだけど、日本に欠如しているのはスタンダード、つまり標準というものがどこを見渡してもないんですね。それぞれの場所や劇場で勝手に芸術監督制度などを語ったり、行政も自治体に都合のいい公立劇場をつくっている。本来ならスタンダードという国として共有するものがあって、それをアレンジして使う。そうすれば組織のトップに立つ者に対して、予算、人事、任期などの契約が細部にわたってとりきめられる。曖昧な契約ではなく規則として文章化されるなら、心配されているような私利私欲に走るとか、地域住民を軽視するという勝手なことが出来なくなる。スタンダードという模範や常識がこの国にないっていうのが一番の問題かなと。

村井 例えば新国立劇場を考えてみましょうよ。独立法人になっていますよね。今の日本の財団制度でいきますとね、理事長とか、しかるべき大会社の役員やった人とか天下り官僚がくるんですね。もしこれを排除したとして、風通し良くなるか。必ずしもそうはならない。例えば、芸術監督がいても、たいてい芸術監督は理事でも何でもない訳です。つまり何の事はない、非正規社員。3年契約という感じ。だから3年終わったらね、この人もういいや、って感じになる。だから現場の声が理事会には反映されてない。これはどの県とか市とか財団とかでも同じですよ。そういった事をもっと実は我々は総合芸術文化に関してのお金とか組織に関しては、ほったらかしで無知蒙昧であったと。これはちょっと演劇人としてね、考えて反省しなきゃいけないんじゃないかと。

もちろん1番悪いのはマスコミですよ。演劇評論家も含めて。マスコミなんか絶対にいわないし書かない、ちょろっとしか。例えば、こないだNHKが「芸術劇場」打ち切りましたよね。つまり日本の舞台を放映しなくなった。よっぽどの大きな舞台か、海外からきた公演しか。そういう風に閉めちゃった。でもこの時も、演劇界から質問状が出ただけで何の反対運動もしてない。新聞もほとんど書かない。この「ト書き」の中にもあるけど、こういう質問状を出しましたってだけで終わっている。中途半端。皆、お金もらう事とか、平田オリザに嫌われたくないとか、文化庁に目をつけられたくないっていう自己保身ね、この自己保身っていうのは官僚と同じですよ。

これは会社員も皆そう。とにかくこの会社に最後まで定年退職まで無事勤めて、退職金と年金を貰えるようにしようと思ったら、余計なことはいわないことです。これはもう小学校から始まる。小学校の中でシカトされたくない。仲良くやっていきたい。そしたら目立たないようにしてれば一番いいわけです。ノーリスク・ハイリターン。これが高度成長期以来の日本人の賢い生き方ですよね。演劇界もそうなっているんじゃないですか。だから、もうそういう生き方はいらないんじゃないか。3・11以降、変わっていいんじゃないか。そんな気がする。トムプロの森(康二)さん、どう思う?

シンポジウム トーク録③

桑谷 どんな法律でもね、欠陥のない法律はないんです。欠陥を見つけて悪用しているのが悪いんで、助成金制度そのものが悪いわけじゃない。

永井 赤字助成の場合は、やっぱり最初から苦しかったですよ。赤字を出さなかったらもらえなくなるんだもん。そして、もらえなかったら、やっぱり赤字が残る。

村井 永井さん、もらわないでやっていた時は?

永井 もらわないでやっていた時はものすごかった。私と大石静、それぞれが働いてお金を貯めて、公演ごとに200万位の赤字が出るってことで、必ず赤字を半分に割って。だけど、私たちの支払い状況もひどくて、役者に、1万。1万円でしたからね、出演料が。それからプランナーにも3万円とかそれぐらい。人に払ってなくてもそれだけの赤字が出る。「へ~助成金が出るの」って時には、もう静はやめちゃってました。

村井 「支払ってない」で、思い出した。島さん。舞台芸術家の。昔ですね、竹内(銃一郎)とそれから早稲小(早稲田小劇場)にいた豊川潤、小田豊と私と4人で芝居やった時にですね、当時スズナリ、出来たばっかりだったですけど、スズナリの酒井さんに頼んで「金ないんだけど貸してよ」っていって。「中日に小屋代入れるから」ってことで。竹内の稽古場を借りて、スズナリもただで借りてですね、その時に島さんに装置頼んだんだけど、これも払ってないよね。全部やってもらったのに。今から思うとどうだろうね。その当時は皆そういうかたちで、ただで使えるものは全部使うって。(笑い)

永井 ひどい。ひどいよね。払えないんだもんって言って払わなかったんですよね。装置家だとかそういう、自分よりずっと先輩のかなりキャリアのある人に「だって払えないんだもん」って。

桑谷 僕もいわれましたよ。昔照明をやっていたときに「スタッフの為に芝居やってんじゃないんだけどな」って。役者も演出家もギャラなしでしょ。本業じゃ食えてない。スタッフにギャラを払う為に芝居をやっているようだという事はよくいわれましたね。今でもスタッフの生活は決して楽ではない。そういう事を考えると、当然ギャラは公演関係者に支払われ、そしてベテランになっても芝居が続けられる環境であるために、どのような助成金制度がいいか急いで検討しなければなりません。我々も、助成金制度も、時代と共に変わるべきですね。

村井 だからね、70年代か80年代近くになって、つかこうへいが出てきた時に彼が演劇人がいつまでも貧乏しているのはおかしいんだ、と。ベンツに乗って何が悪い。芝居をやって食える職業人になろうっていう意識がかなり芽生えてきたんですね。永井さんなんかもちょうどそこでしょ?

永井 私はね、でもそういう事は考えた事なかった。本当に、バイトしながら演劇をやるしか生き方はないって思ってた。ベンツに乗ろうとかありえない。ただ一番困ったのは、赤字をわけあっていた大石がいなくなったって事ですね。

村井 その時はあれでしょ。大石さんの方が稼ぎ大きかったんでしょ?

永井 稼ぎは多かったけどしっかり半分に割ってたの。稼ぎが多いからあんた払えってわけにはいかないよね。演劇人は貧乏が当たり前って思っていたし、周りもペンキ屋やりながら役者をやっているというような人ばかりだったから、一生こうやっていくのが日本の演劇人の生き方だと、問題も感じず、夢も見ず。えらい歳までラーメン屋でバイトしてましたよ。つかこうへいさんにマーボーライス出した事もあるし。なんか余計な事言いましたけど。

村井 これからはどうなの?

永井 今からマーボーライスに戻るのは、ちょっとつらいかなと。だけど、私が食べられているのは劇作料じゃないですから。二兎社の社長なので二兎社から月給をもらい、劇作料も二兎社が旅公演をしているので、その中からもらう。劇作料だけだったら、今だってマーボーライスやらないと駄目ですよ。

村井 そういう意味では劇作家協会ができて、劇作料も、実はそれまではもう劇団の言い値でこれしか出せないって、1万円だったり10万だったりとか、ばらばらだったよね。それがある基準が認められた。そういう形の。

永井 驚きましたね。その100万という最低劇作料。出来に関係なく戯曲を1本書いただけで100万って聞いた時に夢のような気がしました。なかなか最初からそうはいかなかったですけど。友だちの劇団は別にして、私が最初に書いた劇団にその額を要求したら、制作者が別の劇団の制作者に連絡をして、「永井が100万よこせといってる。あなたのとこも頼んでいるでしょ。お互いにそれは阻止しよう」と持ちかけたんです。相手の制作者が私にばらしちゃったんで、私も意地になって「100万じゃなきゃ書きません」って。初めてもらいましたね、その時。

村井 そういう意味ではこの間亡くなった井上ひさしさんと、斎藤憐さんが劇作家の著作・上演権を守る為に劇作家協会を作り、やっぱり、それでやっと著作・上演権の擁護が本格的にスタートしたわけじゃないですか。あの、余計な事ですけど、日本で劇作家を名乗りはじめたのは近松門左衛門とそのお師匠さんですね。それまで誰も戯作者としては著作権を持っていないので名前すら出せなかった。書いた浄瑠璃本にしても勝手に使われる。要するに座主のポケットに入ってしまう。という仕組みだったんですけどね、そういった意味で長い歴史を経てやっと著作・上演権が劇作家にもちゃんと認められるようになったというふうになって、生活助かりますよね。

永井 だけどね、結局100万もらっている人は、まだ少ないと思うんです。劇作家協会は強制してないんですよ。モデル契約書を作って、これで頑張りなさいと勧めてはいるけど。やっぱり言い出せない人が多くて、相当安い値段で書いてる。かつては、例えば初めて舞台監督助手についた人が、別役実さんよりも、1本の芝居で多くもらっているということもあった。「何故舞台監督より劇作家のギャラが少ないんですか」って聞いたことがあるんです。そうしたら、「舞台監督は実働ですよ」っていわれた。じゃ、劇作家は実働じゃないってこと? そういう認識を改めようと、劇作家協会は最低劇作料に関する決議を出したわけだけれど、本来は総予算の5パーセントをもらうべきという考え方なので、100万を大きく上回ってもいいはずなんです。

村井 そう。決まっているの。

永井 でもね、たぶんくれない。

村井 なんでくれないかっていうと問題があって、今の日本の劇団の財政状態と、大きな新劇の劇団にしても、それだけのものをちゃんと要求して出したら食っていけない、劇団自体がやばくなっていくと、経済的に。だからできるだけ押さえたいということがある訳ですね。そのことの葛藤が続いている訳です。一方、書く方にすればですね、100万で買ってくれれば一番いいわけだけども、でもまず発表する場が欲しいとなると10万でも上演してくれるんだったらってなるわけですね。そういう意味では足元をかなり見られたりしながらの関係はまだしばらく続くと思うんだけども、で川口さんさ、川口さんの夢ってなに? 小さい劇場からはじまって紀伊国屋までいってとか。メジャーになりたいという希望持ってます?

川口 メジャーというか自分達の作った作品を単に多くの人に見てもらいたいなという事はホントに思っていて、その為にはどういう作品を作っていくべきか、どういう事を考えていくべきか。それとやっぱりどうやって経済を成り立たせていくかっていうとこが非常に難しくて、「劇場法」の話も海外の劇場の話も経済の話に結び付けてよく話が出ているように思うんですけども、実際その「劇場法」と経済というか、演劇の小劇場だとか他の大劇場含めて、経済の話とどう関係があるのかとかも含めて少し良くわからない事が多いなと思っていて、やっぱり、利用できるものなら正しく利用したいという事だけというか、自分達の置かれた状況の中で自分達が正しいと思う事にどう利用して、自分達の作品をお客さんに見てもらって、自分達も死なないようにという事を考えています。

村井 麻生さんは?

麻生 ま、似ていますよね。僕も、芝居だけで食べていければ、その中で、先ほどいわれたベンツというのは期待しないんですけど、全然自転車でいい方なんで。稽古帰りにちょっと一杯飲めて、普通に暮らしていける範囲で舞台をやりながら食べていけたら幸せかなと、思います。

村井 龍さん、台所事情、厳しいですか?

厳しいですよ。全く助成金ないと、とてもじゃないけど。僕らはせいぜい300~500万位の総予算で、その中の5パーセントなら25万でいいわけじゃないですか。それ位だったら払えますけども、それが100万となると、全体のバランスからいうとえらい事になって。

前平田オリザさんに新作お願いして、30万でちょっとと、いいにいったら、ちょうどその100万の劇作家協会のが決まったばっかだったんで、ちょっとそれじゃあっていわれて、それでも友達価格で半額位で、それでも結構そのバランスの中でやっぱりどうしても。本来はやっぱその位は、100万位払いたいと思うんですけど、実際の台所事情からいうと、そういうバランスからいうと、劇作家がやっぱ作品の核になると思うんで、なるべく一番高くは払いたいと思ってんですけど、なかなか厳しいとこありますね。

シンポジウム トーク録②

桑谷 今までの話は、広範囲の内容の話だったので、どこに絞って話をしたらいいのか。

村井 どっからでもいいですよ。

桑谷 それでは、まず寄附と助成の話から。民間の寄附か、公(国)の助成かという話から始めたいと思います。つまり、寄附のアメリカ型か、助成のヨーロッパ型か、そして日本はその並存型で行くのか。今日は民間のパトロンの話などはおいといて、「公」の助成についてどう考えるかっていうことがひとつの課題だとすると、「劇場法」が助成金を得る為の方策として考えられたというのは、ちょっと、違和感があるんですよね。だけれども「劇場法」を考えるにあたっていい機会かもしれません。

それから、最初に村井さんが言われた劇場法の狙いの一つに、日本の公立劇場を創る・見る、集会施設の3つのテリトリーに再編成して差別化する目的があるといわれました。私も以前から公立劇場は3つの役割分担に分けられると発言してきましたが、日本の劇場って物を創るだけの劇場ってありえない訳ですよ。作品を創ったり、招聘公演をしたり、それから、集会をしたり、そういう状況の中で多くの公立劇場は運営されています。3つのどこに比重を置いて運営をしているかです。だから、作品だけを創る劇場というのは今は考えにくい。そんなに単純に3つのテリトリーに分類することが出来ないわけだから、「劇場法」のために公立劇場を単純に記号化することは正しくないと思うしね。

それから60年代や70年代の劇団というのは、支援者と手を組むことはあっても、公的な助成を求めることはなかった。

村井 なかったですよ。

桑谷 当時は国や行政に対して不信感があったとしても、公的助成は双方に考えにくいことでしたね。いつからそんな時代になってきたのかなっていう風に思うと、一つの流れとして劇団の成り立ちが変わってきたことが挙げられる。劇団というものが、昔は劇団員も含めて共同経営者だった。全員でお金を出し合って劇団を運営し、ビルの一室を劇場にして、そこで作品をつくってきた。そういう構造ですよ、昔はね。いい意味で劇団は自立していた。

しかし現在の劇団の多くは、劇場の維持費や作品を共同で出資して作るというシステムがなくなって、主宰としての演出家か、あるいはプロデューサーが経営的責任を負ってやっている。基本的には劇団の在り方が変わってきた。劇団員が共同経営者ではなくなっていることを考えれば、そういう構造の中で作品をつくるのは、やっぱり公的助成が必要になってきたんだろうなって思うんですね。

それから、今芸術監督をやっている人達っていうのは、ほとんど皆さん小劇場育ちで、劇場を持つことの大変さや予算面で大変苦労した人達ばかりですから、そういう人達が「公」の劇場に入って、精神的にも苦労しながら作品をつくって頑張ってきた。そういう芸術監督制度の流れも助成金システムを後押ししてきたのではと思っています。

村井 元々は例えば唐十郎さんのとこにしても、鈴木忠志にしても株式会社でも有限会社でもなんでもなかったですよね。

桑谷 そうだと思います。

村井 永井さんとこ今、有限会社でしょ?

永井 株式会社。

村井 株式会社なんだ。

永井 うちは全然別の理由で株式会社になったの。

村井 それはどういうことで?

永井 だから、全然関係ないです。バブル期に地主さんが亡くなって、今まで借りてた土地を格安で売りますよって事になったんだけど、格安でも買えないんで、元いた土地を売って、借りてた方を買って。しかし今度は相続税が大変だから、私が土地を買った事にした方がいいって、その時のマネーコンサルタントから「株式会社をつくりなさい。株式会社に父親が出資して、私が株式会社から借りればいい」と言われて、二兎社を株式会社にしたんです。あの当時は1000万円を一度提示すれば認められたんで。その人はその1000万もって逃げちゃったんですけど。

村井 え、本当に?

永井 そういうインチキな人。取り戻しましたけどね。そしたら第一勧銀の人が「二兎社っていうのはトンネル会社じゃないですね?」って。「活動実体ありますね? おかしいですよ、このやり方は」って言われて、活動実体あるじゃないですか。それで株式会社。全然関係ないんです。

村井 まあ、永井さんになんで聞いたかっていうと、芸術文化振興基本法っていうのができたじゃないですか。それから日本財団とかセゾン文化財団とかいろんな財団ができましたね、この当時。大体ほぼ2,3年の間にそういうものが出来てきたんですが、その時の資格要因。法人格を持っているかどうか。法人格を持ってない場合は活動実績が何年以上あるかどうか。年に例えば3回以上公演しているかしてないか。年1回だと駄目だったんです。そういう中から徐々に法人化していく劇団が出てきたんですね。で、永井さんもめでたく株式会社になって。

永井 土地取得のためでした。(笑い)

村井 川口さんとこはどう? 実際として活動するのに。助成金とかは?

川口 助成金は1回もまだやってないです。劇団旗揚げてからまだここまで日数がたっていないので。2年たってないので。まだ出してない感じです。

村井 でもあったら欲しいでしょ。もしもらえるんであれば。

川口 そうですね。

村井 あの、どうですか?

麻生 僕のとこもまだ一度も出した事もないです。

村井 え? 麻生さん出したことないの?

麻生 出したことないですね。僕、ちょうど8年目なんですけど。さっき言われた通り、ただ芝居創っていただけの感じですかね。

村井 でも、そうすると経済的にはかなりきついでしょ。

麻生 そうですね。劇団員の座員費とチケット収入だけでやる形ですね。

村井 一番原初的な形ですよね。

麻生 そうですね。

村井 でも、そうすると疲労してくる。

桑谷 疲労はするかもしれないけど、共同体的な劇団制に立ち返って作品をつくるのは、一つのスタイルとしてすごく頼もしい。今若い劇団がですね、若い劇団だけではないかもしれませんが、助成金漬けになっている。助成金漬けっていうのは、麻薬中毒とおんなじで、もらわないと芝居が出来なくなってくる。作品を創るエネルギーや観客をつくる努力よりも、とにかく芝居ができればいいんだという、そういう若い人達が多くなってきているんではないかなと思うんですね。芝居は助成金をもらってするものだっ、ていう先入観ですね。

村井 でも今それ常識じゃないですか。

桑谷 その軽さが演劇を駄目にしていくという構造が一方にあります。

村井 それ新劇もおなじでしょ。僕が、芸術基本法ができた時にですね、まず最初に薬中になるんじゃないかって書いたんです。つまり、さっきいったように、日本の助成金っていうのは事業助成だから、やれてもやれなくても年間のスケジュールたてるんですね。あるいは3年先まで。

助成金がおりちゃったら、いったことをやんなくてはいけないんです。で、3年間はもらえたと。3年間はもらえたけどもこの時、黒字をつくっちゃダメなんですよ。だからとにかくその中で全部を赤字でぎりぎりですませるように経理操作する訳ですね。ところが、助成金もらえるから活動できる、芝居は創れる。創れるんだけれども、この助成金が3年で切れるとまた欲しくなる。つまり、助成金があれば客が入らなくてもできる。そういうことを薬中って、僕は、薬物中毒っていったんだけども。実際にその薬中現象が出はじめている。

でもやっぱり、そういったお金がオープンに活用できるものとしてあるんであれば、あった方がいいし、その方が皆の個人的な負担も少なく出来ますよね。小屋借りるにしても稽古場にしても。そういったことに対してやっぱりあった方がいいとするならば、なくてもやるっていう覚悟でいくのか。(麻生氏へ)

麻生    いや、そうじゃない。今もいったんですけど「法人にした方がい  いって。そうか、法人か~。と思って。もしそれならばね、ちょっと法人にして再来年あたりは出そうかなって思ってますけどね。(笑い)