日々色んな事がありながら育てているのですが、
今回は長文になります。













苦い思い出
お世話上手な同級生
4年生の時の出来事
6年生になり、、
小学校卒業











小学校の頃6年間同じクラスだったRちゃんをふと思い出すようになりました。
Rちゃんの思い出を綴りたいと思います。
同級生だったRちゃんには知的障害がありました。
体は細くて、
なんとなく姿勢がぐにゃっとしていて、同学年の子よりだいぶ幼くみえました。
他の同級生のような会話をするのは難しかったし、
授業にはあまりついて行けていないようでした。
手先が不器用そうだったし、
グループワークなどに参加するのも難しいようでした。
その反面、足が速くてサッカーや徒競走は得意にしていました。
上の学年にカッコいいお兄ちゃんがいて、呼び捨てで呼んでいるのが格好良く見えました。
ポニーテールにしていて、ニコニコ笑う顔が可愛いらしかったです。
まだ何も知らない私が一年生の時、
帰りの会が終わり、
さて帰ろうとした所
Rちゃんが何かの拍子にぶつかってきました。
彼女が謝らないので、私は
「ぶつかったらだめだよ!」と厳しく注意し、押し返しました。
次の瞬間、
彼女に顔をバリッと引っ掻かれてしまいました。
頭にきた私は彼女と押し合いになり、大泣きしました。
その日はたまたま運悪く担任が不在で教育実習生しかおらず、
不慣れな実習生の先生が来て必死に止めてくれました。
実習生に無理矢理仲直りの握手をさせられましたが、
その日を境に暫く彼女に近寄らなくなりました。
当時の私は、
女の子が学校でケンカをするなんて、
そして泣いた事が恥ずかし過ぎると思っていたので、
親には詳しい事は何も話しませんでした。
自分の威信に関わる事でした。
母はミミズ腫れのほっぺたを見てかなり心配していましたが、
学校に報告したりはしませんでした。
父は「ケンカなんて結構結構!」と言って終わり。さすが戦後育ち。
教育実習生も担任に何も言わなかった様で、音沙汰なくこの事件は終わりました。
この後6年間一緒に過ごすことになろうとは思いもしていませんでしたが、
とにかくRちゃんとのスタートは最悪なものでした。
3.4年生になるとRちゃんのお世話係を張り切ってやる女の子が出てきました。
彼女は本当に優しい子で、先生からもRちゃんのお母さんからも信頼されていました。
Rちゃんの家にもよく遊びに行っていたようで、
一度だけ、彼女と一緒にRちゃんの家に寄った事があったのですが、
初めて見るRちゃんのお母さんが、すごく明るい人で、
外にいる私たちにラムネの瓶を直ぐに持ってきてくれたのに心底驚きました。
*私の母は私の友人にそのようなことは絶対にしなかったからです。
ラムネを飲んで手をベタベタにしながらいいお母さんだなと思った。
Rちゃんの事は本当に何も知りませんでした。
障害者が何かという知識も全く無かったです。
よくお世話をしていた女の子が、
「Rちゃんは赤ちゃんの時に高い熱を出して入院して、それでこうなっちゃったんだって。」
と話していた事がありました。
それが彼女についての全ての情報だったのですが、
病気だったのか、、となんとなく府に落ちた気がしました。
ある日、自習時間に校庭で缶けりをすることになり、
彼女のお世話を引き受けてみた事が一度だけありました。
お世話する事を少しカッコいいと思うようになっていたのです。
しかし全く上手く相手が出来ず、、
私とRちゃんが一緒にいたために缶けりはグダグタに終わってしまい、
クラスメイトから文句を言われてしまいました。
自分が情けなくなってしまいました。
出来ない事はやるもんじゃないと思ったし、
お世話をしている同級生の女の子はすごいなと、尊敬が増しました。
高学年になると、女の子グループは段々とお互いの関係性が難しくなりました。
私もグループ内で対立したり、
結果グループから出たり他とくっついたりして、それなりにストレスフルな毎日でした。
Rちゃんはというと、一人で過ごす事が多くなりました。
Rちゃんをからかったりいじめるクラスメイトは6年間を通じて誰も居なかったのですが、
何となく、彼女と過ごすのが難しいなという感じになっていたと思います。
それは10代になった精神的な成長であり、
まだ未熟な部分だったと思います。
授業中、
6年間で初めて、Rちゃんが「分からない、分からない。」
と先生に言った事がありました。
ノートを覗き見ると、だいぶ簡単な内容をやっていました。
お世話をしていた女の子も、
前ほどRちゃんと一緒に過ごさなくなっているように感じました。
Rちゃんも色んな状況がしんどく感じるようになったのでしょう。
6年生の終盤になり、Rちゃんは学校を休むようになりました。
担任の先生から
「Rちゃんは学校に行くのがつらいとお母さん言っているようだから、みんな優しく接してあげて欲しい。」
とクラスに向けて話がありました。
だからといってどう接したらいいのか、という点はさっぱり分かりませんでした。
先生の話があった後に、
たまに学校にくるRちゃんへの同級生達の対応が変わる事は無かったと思います。
中学受験をする子がクラスに何人かいて、その子達も学校を休むようになり、
落ち着かない中で卒業式の練習や卒業制作で忙しく日々は過ぎていきました。
卒業式にRちゃんは来ていました。
元々可愛い顔立ちの女の子でしたが、ジャケットを着てスカートはき、
リボンを付けて、本当に可愛くキラキラして見えました。
Rちゃんは特別な中学校に行くとの事でした。
中学校入学を境に私も他県へ引越し、
それ以来Rちゃんと会うことも、他の同級生に会うこともなくなり、
話を聞く事も無くなりました。
ただ、沢山のクラスメイトがいた中で強烈に印象に残っているのはRちゃんです。
大人になった今だからこそ、
お母さん、勇気ある決断されたんだな。
(学年で知的障害があるのは彼女だけだった)
しかし毎日学校に送り出すのは心配だっただろうな、
とか、
6年間彼女と同じクラスだったからこそ、
担任はベテランの先生ばかりで有り難かったな、
とか、
Rちゃんは恐らく知的障害を伴う自閉症だったのかもな。
と思えるようになりました。
6年間一緒に過ごした中で、
Rちゃんが授業の妨げになるような事は一度も有りませんでした。
逆に、授業が難しくて分からなかっただろう中で、
静かに椅子に座ってたRちゃんは偉かったなと思います。
Rちゃんのご家族や先生がこうするべきだったんじゃないかとは今全く思わないのですが、
ただ、
Rちゃんがどんな女の子なのか、
何が出来ないのか、出来るのか、
どう接したら一番良いのか、
それだけは6年間のどこかの時点で知りたかったなと思います。
Rちゃんもアラフォー。
どこかで元気に暮らしてますように。