cotabi 発達凸凹デコポン -25ページ目

cotabi 発達凸凹デコポン

2013年生まれ、2才2ヶ月で広汎性発達障害、自閉症スペクトラムと診断された息子くんとの日々です。
現在海外在住です。

息子が自閉症スペクトラムと診断され、

日々色んな事がありながら育てているのですが、



小学校の頃6年間同じクラスだったRちゃんをふと思い出すようになりました。


Rちゃんの思い出を綴りたいと思います。



風船今回は長文になります。風船



新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線前


同級生だったRちゃんには知的障害がありました。

体は細くて、
なんとなく姿勢がぐにゃっとしていて、同学年の子よりだいぶ幼くみえました。


他の同級生のような会話をするのは難しかったし、
授業にはあまりついて行けていないようでした。


手先が不器用そうだったし、
グループワークなどに参加するのも難しいようでした。


その反面、足が速くてサッカーや徒競走は得意にしていました。



上の学年にカッコいいお兄ちゃんがいて、呼び捨てで呼んでいるのが格好良く見えました。


ポニーテールにしていて、ニコニコ笑う顔が可愛いらしかったです。


バイキンくん苦い思い出バイキンくん


まだ何も知らない私が一年生の時、

帰りの会が終わり、
さて帰ろうとした所
Rちゃんが何かの拍子にぶつかってきました。

彼女が謝らないので、私は
「ぶつかったらだめだよ!」と厳しく注意し、押し返しました。


次の瞬間、
彼女に顔をバリッと引っ掻かれてしまいました。

頭にきた私は彼女と押し合いになり、大泣きしました。


その日はたまたま運悪く担任が不在で教育実習生しかおらず、


不慣れな実習生の先生が来て必死に止めてくれました。


実習生に無理矢理仲直りの握手をさせられましたが、


その日を境に暫く彼女に近寄らなくなりました。



当時の私は、

女の子が学校でケンカをするなんて、
そして泣いた事が恥ずかし過ぎると思っていたので、

親には詳しい事は何も話しませんでした。


自分の威信に関わる事でした。


母はミミズ腫れのほっぺたを見てかなり心配していましたが、

学校に報告したりはしませんでした。

父は「ケンカなんて結構結構!」と言って終わり。さすが戦後育ち。


教育実習生も担任に何も言わなかった様で、音沙汰なくこの事件は終わりました。


この後6年間一緒に過ごすことになろうとは思いもしていませんでしたが、

とにかくRちゃんとのスタートは最悪なものでした。



ヒヨコお世話上手な同級生ヒヨコ



3.4年生になるとRちゃんのお世話係を張り切ってやる女の子が出てきました。


彼女は本当に優しい子で、先生からもRちゃんのお母さんからも信頼されていました。


Rちゃんの家にもよく遊びに行っていたようで、

一度だけ、彼女と一緒にRちゃんの家に寄った事があったのですが、


初めて見るRちゃんのお母さんが、すごく明るい人で、
外にいる私たちにラムネの瓶を直ぐに持ってきてくれたのに心底驚きました。


*私の母は私の友人にそのようなことは絶対にしなかったからです。



ラムネを飲んで手をベタベタにしながらいいお母さんだなと思った。




Rちゃんの事は本当に何も知りませんでした。
障害者が何かという知識も全く無かったです。



よくお世話をしていた女の子が、
「Rちゃんは赤ちゃんの時に高い熱を出して入院して、それでこうなっちゃったんだって。」


と話していた事がありました。


それが彼女についての全ての情報だったのですが、

病気だったのか、、となんとなく府に落ちた気がしました。


ヒヨコ4年生の時の出来事ヒヨコ


ある日、自習時間に校庭で缶けりをすることになり、


彼女のお世話を引き受けてみた事が一度だけありました。


お世話する事を少しカッコいいと思うようになっていたのです。


しかし全く上手く相手が出来ず、、


私とRちゃんが一緒にいたために缶けりはグダグタに終わってしまい、 


クラスメイトから文句を言われてしまいました。


自分が情けなくなってしまいました。

出来ない事はやるもんじゃないと思ったし、

お世話をしている同級生の女の子はすごいなと、尊敬が増しました。




うさぎ6年生になり、、うさぎ


高学年になると、女の子グループは段々とお互いの関係性が難しくなりました。


私もグループ内で対立したり、
結果グループから出たり他とくっついたりして、それなりにストレスフルな毎日でした。


Rちゃんはというと、一人で過ごす事が多くなりました。


Rちゃんをからかったりいじめるクラスメイトは6年間を通じて誰も居なかったのですが、


何となく、彼女と過ごすのが難しいなという感じになっていたと思います。


それは10代になった精神的な成長であり、
まだ未熟な部分だったと思います。


授業中、
6年間で初めて、Rちゃんが「分からない、分からない。」
と先生に言った事がありました。

ノートを覗き見ると、だいぶ簡単な内容をやっていました。



お世話をしていた女の子も、
前ほどRちゃんと一緒に過ごさなくなっているように感じました。

Rちゃんも色んな状況がしんどく感じるようになったのでしょう。

6年生の終盤になり、Rちゃんは学校を休むようになりました。


担任の先生から
「Rちゃんは学校に行くのがつらいとお母さん言っているようだから、みんな優しく接してあげて欲しい。」

とクラスに向けて話がありました。


だからといってどう接したらいいのか、という点はさっぱり分かりませんでした。


先生の話があった後に、
たまに学校にくるRちゃんへの同級生達の対応が変わる事は無かったと思います。


中学受験をする子がクラスに何人かいて、その子達も学校を休むようになり、


落ち着かない中で卒業式の練習や卒業制作で忙しく日々は過ぎていきました。



ゾウ小学校卒業ゾウ



卒業式にRちゃんは来ていました。

元々可愛い顔立ちの女の子でしたが、ジャケットを着てスカートはき、
リボンを付けて、本当に可愛くキラキラして見えました。


Rちゃんは特別な中学校に行くとの事でした。


中学校入学を境に私も他県へ引越し、
それ以来Rちゃんと会うことも、他の同級生に会うこともなくなり、
話を聞く事も無くなりました。


ただ、沢山のクラスメイトがいた中で強烈に印象に残っているのはRちゃんです。


大人になった今だからこそ、


お母さん、勇気ある決断されたんだな。
(学年で知的障害があるのは彼女だけだった)

しかし毎日学校に送り出すのは心配だっただろうな、


とか、


6年間彼女と同じクラスだったからこそ、

担任はベテランの先生ばかりで有り難かったな、


とか、


Rちゃんは恐らく知的障害を伴う自閉症だったのかもな。


と思えるようになりました。



6年間一緒に過ごした中で、
Rちゃんが授業の妨げになるような事は一度も有りませんでした。


逆に、授業が難しくて分からなかっただろう中で、
静かに椅子に座ってたRちゃんは偉かったなと思います。


Rちゃんのご家族や先生がこうするべきだったんじゃないかとは今全く思わないのですが、



ただ、

Rちゃんがどんな女の子なのか、
何が出来ないのか、出来るのか、
どう接したら一番良いのか、


それだけは6年間のどこかの時点で知りたかったなと思います。


Rちゃんもアラフォー。
どこかで元気に暮らしてますように。



ハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミハリネズミ
息子くん、色々と趣味の移り変わりが有りましたが、

現在、絶賛電車好きまっしぐらです。

いつからか見だしたこのユーチューバーさんのおかげであることは間違いないです。


がみさん。。 


息子くん、、最初どうやってこのチャンネル見つけたんだろう?
分からないのですが、毎日毎日見ているのでチャンネル登録してあげました。


がみさんが落ち着いた声で電車とアレコレお送りされています。



息子くん、以前は可愛く鈴川絢子さんチャンネル とか見ていたんですよ。

これ見てチャレンジトレイン乗りに行ったなあ〜



それが今ではがみさんちゃんねる一本。


息子くんにとっては良い影響もあり、
がみさん喋りを真似するようになりました。


おかげで息子くんの語彙が増え、
がみさんには直接感謝をお伝えしたい位です。
( 父ちゃんも同じ事を言ってます)


赤ちゃん息子くん
「はいはいはいはいこんにちは。
今日は東京駅から○○線に乗ってどこどこへ行きたいと思います。」

とか、がみさんの真似してよく言ってます。


全部きっちり言えると嬉しいようで、先日はガッツポーズしていました。
母は横で大爆笑(笑)


帰国時は YouTube で見たがみさんの動画を実際に追う、
電車の旅を息子くんは毎日楽しみにしています。

ウェルカムスイカとか、私が知らない情報も沢山教えてくれます。

今まで知らなかった世界を教えてくれてありがとう、息子くん、がみさん。。

新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線前

午前中は息子くんと家庭学習で家に引きこもっていた為、


ランチを外に食べに行くのが楽しみになっていました。


暫くするとなんとな〜く行く店が決まってきます。

お店を新規開拓するのがだんだん面倒になってくるんですね。。失敗も多くて。


おにぎり息子くんの一週間のランチメニューおにぎり


月曜日 鳥カツ丼


火曜日 フライドチキンとご飯


水曜日 パン屋さんで甘いパンと唐揚げ


木曜日 ご飯と何かしらの肉


金曜日 チキンカツとご飯


*息子くんがほぼ肉と米しか食べてないのはスルーして下さい


たまに気分転換にマクドナルド行ったり、ケンタッキー行ったりもします。

世界共通の味ってホッとしますし、素晴らしいですね。
日本にいる時よりケンタッキー食べてます。


ランチの値段は150円〜450円位です。
めちゃくちゃ安いです。
600円位だと高くて躊躇する位です。(金銭感覚)



毎週一度は同じ店に行くので、次第に店員さんが顔を覚えてくれました。


更に行くと注文するメニューを覚えてくれます。注文しなくてもお金を払うだけで楽ちんです。


更に行くとおまけのオカズが付くようになりました。


お店に行くと店員さんがニコッとしてきれて、帰るときも笑顔で挨拶してくれる、
常連ならではの特権です。


息子くんが忘れていった大事なミニカーをレジ横にずっと置いておいて下さったお店もありました。


お願いお願いお願いお願い海外なのにありえない。。




更に行くとある店は無くなって、タイ料理屋さんに変わっていました。


シェフが国に帰ってそのまま空になったお店もあります。


お気に入りのレストランが前触れなくいきなり無くなるのは本当にショックです。


短い期間だったけど外国人の私達親子に温かい笑顔を向けてくれてありがとう照れ照れ


またお気に入りランチを探す日々の始まりです。