飼い主の michi にブログを乗っ取られたまま、ひたすら眠り続ける僕

でも、これが最後なんだって
胸の中のモヤモヤは吐き出せないけど、素敵なものはブログに残してと
主役のマイク、次回は戻ってくるからね

☆☆☆☆彡
5.番外編:記憶の外のスケーター達
好きなのに記録に残らなかった選手と、記憶から無理やり消し去った選手がいる。
「好きなのに」は、チェコのトマシュ・ベルネルとアメリカのジェレミー・アボット。
手足が長くバランスの取れた身体。美しいスケーティングと音楽に合った動き。氷上で優雅に舞う姿に見とれることも多かったのに。鮮明な記憶がとても少ない。
トマシュの輝いている記憶は2007年の東京ワールドまでさかのぼる。フリーは衣装も含めて美しかった。
2007年冬のNHK杯は会場で見ることができたが、この時は高橋大輔初生観戦で記憶容量がパンク。素晴らしい演技だったのに残念なことをしてしまった。
期待された2008年のワールドがボロボロで、それ以降、見ては記憶を消し、見ては記憶を消しの状態。キスクラで点数を待つ時の、なげやり感漂う諦めの表情を見るのが辛かった。
ジェレミーの場合も似ている。氷上でのポーズの美しさと音楽表現の素晴らしさに、これぞフィギュアの魅力を伝えるMr. スケーターと感じたものだ。
しかし、遅咲きの彼は、どこかで諦めていたのかもしれない。アメリカではジョニー・ウィアーとエヴァン・ライサチェックの2強に打ち勝つことができなかった。優しい性格が競技に向かないのか。
そして納得のいかない採点の連続で、見ている方も「あ、またか」と、ジャッジへの不信感を高めてしまう。
これは2010年のNHK杯。背の高いジェレミーが高橋大輔とフローラン・アモディオのために見せた楽しいパフォーマンス。明るい表情で表彰台に立つジェレミーの姿をもっと見たかった。
トマシュはヨーロッパチャンピオン、ジェレミーは四大陸チャンピオン。オリンピックやワールドのメダルには手が届かなかったが、これから活躍するための切符は手にしている。フィギュアの醍醐味、美しいスケートを存分に見せて欲しい。
2人で洒落たナンバーをぜひ。小芝居を入れたり、ボケと突っ込みのような楽しい振りを入れたりと、色々想像してしまう。スケートに表情のあるトマシュとジェレミーは、これからの方が輝くに違いないと信じている。
私の記憶にあるフィギュアスケートは1つ1つのピースが異色できらめくモザイク絵のようなもの。ひときわ大きい高橋大輔は、2次元の世界に1つだけ3次元のピースが浮き出ているように異彩を放っているが。
記憶の中には消えない小さなピースもある。例えば、南里康晴の『カルメン』、郡山智之の『リバーダンス』、ハビエル・フェルナンデスの『パイレーツ・オブ・カリビアン』など。無良崇人の『オペラ座の怪人』も気持ちが伝わってきた。
そして、1ピースだけ自分でそぎ落としたものがある。その跡が消えずに黒く残ってしまった。
ブルガリアのマキシム・スタヴィスキー、2007年東京ワールドでアイスダンスのチャンピオン。男性の技術の高さとパワフルさをアッピールできる最高のダンサーだったが、2007年夏に彼の犯した罪を許すことができない。もっと時間がたてば、動画巡りができるようになるのだろうか。
私は軸のしっかりした強い動きが好きなので、女性的な柔らかさにあまり心惹かれない。歌舞伎が好きで、バレエでも男性の動きばかり目で追ってしまう。語感は悪いが、男好き。長い文章の中に女性がほとんど出てこないのはそのせいである。
数多い観戦の中で声をあげて泣いたのはたった1回だけ。ソチのフリー演技 by 浅田真央。モザイクの中に納まらない宝石と思っている。
高橋大輔が日本を離れ、いつスケートの世界に戻るか分からない今、記憶をスナップショットのように残したかった。
これから会場に足を運ぶのはもちろん、テレビで競技会を見ることもないだろう。
スケートのモザイク絵が少しずつ色褪せていくのか、別の絵に姿を変えていくのか分からないが、それでも感謝の気持ちが薄れることはない。
スケーター達、有難う。そして、大輔、帰って来てね。


