こんにちは、いえしです大きくなれよ
平成24年度卒業論文・卒業報告最終発表会のレビューをUpします。

私は卒業論文を所定の手続きを踏まえて提出できませんでした。
本来ならば発表の場に立つことは許されない立場ではありますが、
教育的措置として発表をさせて下さったみなさま、
会場のプロデュースをしてくださったらぶとらいおん!のみなさま
誠にありがとうございます。


それではレビューに移ります

【発表内容】
妖怪の位相変化からみる日本人の合理化の変化
―発展的合理性を求めて―

1.研究の目的
 なぜ妖怪が現象説明から愛玩されるキャラクターへと変化したのか、
 現象説明が妖怪から何に変化したのかを調べることで、日本人の合理化の手法が
 どう発展し、変化したのかを明らかにするため、このテーマを設定しました。

2.妖怪の位置づけの変化
 そもそも妖怪は現象を説明するために生み出されたことを、
 家鳴りを用いて説明しました。
 昔は自分の理解を超えたものを、自分の中で消化し、納得するために
 妖怪という自分ではどうしようもないものによって起きていると考えていました。
 
3.キャラクター化を担った人物
  現代の私達が考える、キャラクターとして妖怪に変化する大きな転換期を作った
  画家の鳥山石燕と漫画家の水木しげるを紹介しました。
  彼らが妖怪に姿かたちを与えたことで、妖怪のキャラクター化が進みはじめました。

4.合理化の変化
  前近代では妖怪の行っていた現象説明に対し、
  現代では科学を用いて説明づけようとしています。
  より現代的で、文明的な科学を用いることで、前近代の妖怪といった古臭く、
  信憑性のないものを掲げるのはありえないと思うようになりました。

5.現代に残る妖怪的な面
  日本人は科学を取得し、より文明的になったように思えますが、
  今でも妖怪的な一面はあります。
  例えば血液型性格診断は、科学的根拠のないままに多くの日本人に信じられています。
  このように、完全に科学による合理化で現象を捉えているわけではなく、
  合理化は単純に「妖怪→科学」に変化したとは言い切れません。


6.科学に対する姿勢
  一般大衆の考える科学は、真理そのものであり、間違いのないもののように捉えられ、
  科学を信じ込んでしまっています。
  しかし、科学は真理にたどり着くための手段であり、
  一般大衆の科学に盲信してしまう姿勢に警鐘をならしています。
  そして科学を信じ込んでしまうこの姿勢は、
  前近代の日本人が妖怪を信じ込んでしまう姿勢と変わらないように見えます。

7.考察
  説明をするために用いる材料は妖怪から科学へと確かに変化はしたものの、
  その材料に対し、本当かどうか論証を試み、実証しようとする姿勢は乏しいままで
  大きな変化は見られないように感じます。
  今も昔も「自分の頭で考える」ことまでには発展していないように見えるため、
  今まで目指していた理論的で合理性に満ちた社会には変化していないのではないか、
  という考えに至りました。

【全体レビューを通して】
反省点:見ていただく方への配慮の欠如
→スライドの最後に発表を印象付ける一枚を用意するのですが
 その絵が人によっては不快に思わされる一枚であったと指摘をうけました。
 自分にそのつもりはなくても、相手へとよくないイメージで伝わってしまうのは
 発信者の責任であります。この問題は私の見ていただく方々への配慮のなさや、
 想定する力の乏しさから引き起こしたものであったと反省しています。
 申し訳ありません。
 第二者、第三者の方々からどう見られるのか、を
 もっともっと意識せねばならないと感じております

また、良かった点として
雰囲気や構成がよく、やわかりやすい発表であったとご指摘いただきました。

ですが、個人としては、
説明を仕切れなかった場所や、余裕のない発表であったと感じているため、
形ばかりが先行してしまった発表であったように反省しています。

今回の発表とその反省をしっかり吸収し、次へのステップにうつれるように
努力し続けなければならないと感じております。

最後に、重ね重ねではありますが、
今回の発表の場に立たせて頂けましたこと、深くお礼申し上げます。
誠にありがとうございます。