先日、たまたま休日に行った洋服選びから発展し(もっと高尚な行動なら格好良かったのに。笑)
得られたムダへの気づきから、以前に尊敬するアートディレクターの方の
デザインに関するお話しを思い出しました。
「これは私自身が気づいた事を話しているだけ。
でも、気づきは人から聞いてもやっぱりわからなくて、
自分なりの気づきを得られればいいんだけど。」
それは、自分自身からの自発的なモノでなければ
いくら話を聞いてもわからないと伝えたかったのだと思います。
確かに直に聞くお話は、とても勉強になることが多いものでしたが、
聞いただけでは私の信念・思想レベルまでにはなかなか至りませんし、
そのレベルでは行動に落とし込む事も難しいでしょう。
また、行動から、その信念・思想に近づくこともあるだろうし、
そこに至る道筋は、ひとつではないんだとも思います。
あるいは、聞いた言葉その一言で気づくキッカケになることもあると思います。
でも、一番大事なのは『自分での気づき』ではないかなと。
これに似た話で、何年も前にボスから言われた話があります。
「ラクダに水のある場所を教えることは出来る。
でも、水はここにあるんだよっていくら言っても、
ラクダ自身が飲み込まなければ、周りは水を飲ませることは出来ない。」
私、砂漠のラクダですか?と冗談まじりに聞いていましたが、
『気づく』って『生命の水を飲むこと』と同じなんだなと改めて理解しました。
何年も前に言われているんじゃん。。
今はまだ理解も浅いかもしれませんが、
この理解を行動に反映していきたいと思います。