こんにちは♪花芽ーhanameーです![]()
リニューアルしたこのブログ![]()
内容が重めになってしまいました![]()
私の過去を書きますね![]()
私は、ギャンブル依存症でした・・・(過去形?)
母親は、ギャンブル依存症だったので、毎日のようにパチンコに行ってました。
子供の頃は、学校から帰ったらパチンコ屋の従業員の食堂に
友達のお母さんが働いていたので、その食堂が遊び場でした。
昭和時代だから許されていたと思います。
生まれてから都会に住んでいたので、歩けば数件のパチンコ屋があり
今思えば、環境がそうさせていたのだな〜って思います。
私が働くようになるようになった頃も母親は家族のお金を使いギャンブルへ
私は逆にパチンコが大嫌いでした。
成人して働くようになってからお金のありがたみを知って
ギャンブルとは縁遠い人生を歩んでいました。
そんな中、私の仕事が忙しくなり朝から夜中まで働く日々になり
とうとう鬱になってしまいました。![]()
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会社にも行けず寝てばかりの生活・・・
その生活が何ヶ月か続いたころに母親はよっぽどパチンコ屋に
行きたかったらしく、私を連れていくことになりました。
私は何が何だかわからないパチンコの仕組みを教わりながら
海物語をひたすら椅子に座って打っているうちに楽しくなっていきました。
そこから毎日のようにパチンコ屋に通いました。
ギャンブル依存症(パチンカス)の出来上がりです!![]()
そんな母親は国指定の難病にかかり、お空へ![]()
私は一人でもパチンコ屋に通うようになっていました。
母親は借金をしていたようで、それを返しながらの生活。
でもギャンブルは辞められない・・・![]()
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そんな中、父親は介護が必要になり 私が一人で面倒を看ることになり
それでもギャンブル続けてました。
最低ですよね・・・![]()
それを見かねて妹夫婦が私と父親の面倒を見てくれるようになり
5年前ぐらいでしょうか?
そこは、山の上の田舎町そして雪国
近くにコンビニもスーパーもない田舎
パチンコ屋なんてありません![]()
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なので強制的にギャンブル依存症からの卒業となりました。![]()
しかし、今でもパチンコをやりたい気持ちが出るときがあります。
それは、缶コーヒーを飲んだときに起こります。![]()
パチンコ=缶コーヒーという仕組みが脳内に出来上がっているからです。
それだけギャンブルは恐ろしい魔力を持っているのです。
まだ、もしかするとギャンブル依存症から卒業出来てないかも知れません。
脳内では行きたい欲求があるのですから・・・
欲求が無くなるのに何年かかるのだろう?
もう二度と行くことはないだろうと思います。
誓います。![]()
みなさんもギャンブルは程々に ![]()
長文を最後までお読み下さりありがとうございます![]()