てるりんの「住」への活動 -21ページ目

てるりんの「住」への活動

このブログは「てるりん住まいるネット」の公式サイトです。

「創価信仰の原点」とは、昭和20年8月15日の終戦後、「創価教育学会」を改め「創価学会」として、民衆救済に一人で立ち上がられました戸田城聖先生のご指導のことです。

「還って」とは、戸田城聖先生のご指導を学ぶことです。

「出直し」とは、創価学会員の皆さんが、何をどうすることなのでしょうか。

 

 戸田城聖全集 第2巻 質問会編(昭和57年1月26日発行・昭和58年5月20日第五刷 聖教新聞社)から、全文掲載または重要と考える箇所を抜粋します。

 

【御本尊に関する質問】

[質問]

 万年救護(まんねんくご)の御本尊と、一閻浮提(いちえんぶだい)総与の御本尊との違いについて。

[回答]

 万年救護の御本尊と申し上げますのは、日蓮大聖人様の宣言書であります。この宣言書には、二つあるのです。佐渡始顕(さどしけん)の御本尊も宣言書であります。これは三世十方の諸仏に向かって「日蓮はこの本尊をもって、衆生を救いますぞ」という宣言書が、佐渡始顕の本尊です。また、万年救護の御本尊は「おまえたちを、これによって救ってやるのだぞ」という宣言書であります。

 一閻浮提総与の御本尊というのは、その奥にもう一段高く、この御本尊をもって「おまえたちはみな拝めよ。この御本尊によれば、おまえたちのいっさいの悩みは解決するぞ」という御本尊です。

 万年救護の御本尊は、保田の妙本寺にあらせられます。保田の妙本寺を開基した日郷(にちごう)という人が、寂日坊にあった万年救護の御本尊を持ったまま、千葉県の保田へいって、そこへ寺を造ったのが、妙本寺なのです。

 今度ようやく、妙本寺の富士師が目ざめて、六百何十年後の今日において、総本山へ帰伏(昭和三十二年四月)したのです。大石寺門流になったのです。そこに万年救護の御本尊はあります。「先祖がもっていったのだから、いずれ、かえすだろう」と私は思うけれども、まだわかりません。

 万年救護の御本尊は、衆生に対する宣言書なのです。いま、奉安殿に(現在〈昭和57(1982)年の本書発刊当時〉は正本堂に)〈その後、平成14(2002)年10月に完成した泰安堂に〉います大御本尊様が、ほんものなのです。これが大もとになってしまうのです。たとえていえば、金庫みたいなものです。金庫の前に書いた証書が、万年救護の御本尊です。中身が奉安殿〈平成14(2002)年10月に完成した泰安堂〉の大御本尊様であらせられるわけです。

 

(注1)(ふりがな)は、市成にて加筆。 

(注2)〈・・・〉は、市成にて加筆。 

 

🔶 令和三年には、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の佳節を迎えます。

🔶 まだ、間に合います。日蓮正宗へ改宗して、百年に一度の佳節を法華講員として共々にお祝いしたいのです。

🔶 市成照一の願いはただ一つ、創価学会員の皆さんが、僕のような地獄の苦しみを味わって欲しくないことです💝 

 

日蓮正宗公式サイト

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/index_j.html

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 正しい本尊とは

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/kyogaku/honzon/honzon_j.htm

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 日蓮正宗と創価学会との関係について

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/sokagakkai/soka_1j.htm

 

風花未来さんの〈れいわ新選組・山本太郎氏の「憲法改正」観から思うこと〉を視聴しての感想を書きます。

https://youtu.be/W8AjwE-x3LI @YouTubeより

 

🔸雑誌 表現者クライテリオンを定期購読していますので、風花未来さんのご指摘はよく理解できました。

🔸憲法改悪よりも、日本国民が心の故郷を取り戻すのが急務だと、強く強く思いました。

🔸令和の三島由紀夫を目指そう💝

 

🔹いま、宝塚歌劇団の歌詞とか劇中のセリフに、日本の心を感じています。

🔹僕自身、昭和35年に小学校へ入学したのですが、教室の雰囲気が嫌で1・2年の時は欠席が多かったです。6年になるまで、ズーット授業内容にほとんど興味がもてなく、宿題はあまりしませんでした。

先生が醸し出す空気にも、なじみませんでした。

《今、思いますには、小1で非日教育に対して反発していたのではないのかな。非日教育は、アメリカの政策だったので、小1で反発したということは、その時に僕は心の独立を果たしていたことになる》

受験第一の詰め込み教育から距離をおいたおかげで、頭には余計な知識が入っていません。

メモリーに余裕あります😇

そのお陰で、今、自分にとってより良く生きるための情報が、気持ち良くスイスイと入り、考えるためのよい燃料になっています💝

 

本日11時ごろからチラシ ポストinした時のエピソードを書きます。

 

住宅が新しかろうが古かろうが意識しないで、迷わずに「住宅リフォーム詐欺に遭わないための相談会のご案内です」(以下「・・・のご案内です」と表記)と、ユックリ語りかけるように申し上げてから手渡しするようにしています。

 

A婦人(70ぐらい)   ⚪️

ポストへ新聞を取りに来られた奥様と目が合いました。

会釈をしてから、相手の目を軽く見ながら、近づきながら、笑顔で、チラシが見えるようにかざしながら

「・・・のご案内です」と申し上げてから手渡しする。

「ご苦労様です」とお言葉が返ってきました。

《ウレシイ❣️

 

Bご主人(65ぐらい)   ⚫️

道路から植木を見られているところに通りかかると、僕の方をチラリと見られる。

目が合ったので、会釈をすると、また、植木を見始めた。

近づいてから、笑顔で、チラシをかざして「・・・のご案内です」と申し上げると

「したばかりです」とのこと。

とっさに「ご注意ください」と、トンチンカンなことを言う。

言ってから「アッツ!」と思うが、あとのマツリ。

 

C婦人(35ぐらい)  ⚪️

ここのお宅のポストへ入れてから、袋路地の奥の数件へポストinしてから戻ってみると、庭いじりされているそれも座られての奥様がおられるではアーりませんか。その瞬間、今朝見ました山本太郎さんの「お宅の壁にポスター貼らせてください大作戦」 https://youtu.be/tjj4hKgHQGY @YouTube のあの画像が、よみがえりました。気がつくと太郎さんの❶~❹の真似をしている自分に気づきました。太郎さんの動作ができました。

同じ目線になったところで、

奥様へ「先ほど、ポストへ・・・のご案内チラシを入れました。後で読んでください。ご注意ください」と申し上げますと

奥様は、笑みをうかべられて「はい、わかりました」と、今までとは違う初めての返事が返ってきました。

太郎さんの初つご利益が、出ましたヨ。《ウレシイ❣️❣️❣️

 

Dご主人(55ぐらい)   ⚪️

このお宅は、袋路地の一番奥で、家があるのかな?と恐る恐るゆっくり道幅の狭い路地をまわってみると、家がありました。ポストへ新聞を取りに来られていたところで、僕の恐る恐るの顔を見られてか苦笑される。

そのご主人さんの表情を見て、安堵した気持ちで「・・・のご案内です」と手渡す。

「わかりました」

「ご注意ください」と、お声がけ成立。

《ウレシイ❣️❣️

 

本日の住人とのふれ合いは、⚪️⚫️2  でした💝

 

 

 

 

 

 

今朝、れいわが始まる 山本太郎全国ツアー 北海道・利尻島編 遂にスタート! https://youtu.be/tjj4hKgHQGY @YouTube を視聴して

山本太郎さんの「お宅の壁にポスター貼らせてください大作戦」から

Wの学びと感動を書きます。

 

[感動 ①]4分14秒からの動画です。

太郎さんみずから、ポスターを貼っている。

太郎さんのココロイキと覚悟を感じる❣️

 

[感動 ②]4分30秒からの動画です。

座って庭いじりをされている住人に対して、

山本太郎さんは、

❶笑顔で会釈しながら

❷優しく声もかけながら 

❸目線を少しずつ下げながら

❹ゆっくり・・・ユックリ・・・近づく

《この4つの動作が同時にできるなんて、さすがやな。❶〜❹の動作は、相手に自分を慣れさす時間で、近づいた時に相手は親しみを感じ安心状態になっている》

手渡しできる距離に近づいた時は、同じ目線になっている。

同じ目線になってから要件を話して、了解されてからチラシ?を渡された。

そして、ヤハリ、先ほどと同じように、太郎さん自ら、ポスターを貼る。

太郎さんのココロイキと覚悟を感じる❣️

 

アーモンドキャラメルのように

一つの動画で、二度、学び・感動しました。

💝トッテモ美味しい動画でした💝

 

「創価信仰の原点」とは、昭和20年8月15日の終戦後、「創価教育学会」を改め「創価学会」として、民衆救済に一人で立ち上がられました戸田城聖先生のご指導のことです。

「還って」とは、戸田城聖先生のご指導を学ぶことです。

「出直し」とは、創価学会員の皆さんが、何をどうすることなのでしょうか。

 

 戸田城聖全集 第2巻 質問会編(昭和57年1月26日発行・昭和58年5月20日第五刷 聖教新聞社)から重要と考える箇所を抜粋します。

 

【御本尊に関する質問】

[質問]

 一閻浮提総与の御本尊様と弥四郎国重(やしろうくにしげ)という方とは、どういう関係なのでしょうか。

[回答]

 邪宗のものが「大御本尊様の対告衆(たいごうしゅう)が弥四郎国重となっているが、法華講中弥四郎国重という方は存在していない」という。これが一般の断定なのです。

 また、これを熱原三烈士の一人となぞらえている人も、学説上あります。南条殿の子供と断定している人もあります。だが、だいたいの学説においては架空(かくう)の人ということになっています。これは私は、もっともなことだと思います。

 なぜ、日蓮大聖人様が「法華講中弥四郎国重」として、弥四郎国重を大御本尊様の対告衆にしたかという問題なのです。これは、よほど仏法に通達してこないとわかりません。しろうと論議だと納得できないことです。少なくとも、信仰に透徹して、仏法の奥義がわかれば、ごくかんたんな問題なのです。

 なかにはこういう議論を立てる者もいます。「大御本尊様は日興上人に授与したのであるから、なぜ対告衆を日興上人になさらないのか」と。

 それは、日興上人を対告衆としたのでは、一閻浮提総与とはならないのです。

(中略)

 そこで、弥四郎国重の問題ですが、対告衆に一連のものがあるのです。まず、法華経の読み方がわかっていれば、弥四郎国重の問題もわかってきます。法華経がりっぱな経典であることは、だれでも認めています。そのなかに書いてあることを、まず認めなければなりません。ところが日蓮大聖人の御書にも、序本八万の大衆ということばが使われていますが、序本八万の大衆はどうなるのでしょうか。

 経文には、そこに集まった人の名前が記されています。まずはじめに舎利弗(しゃりほつ)、神通(じんづう)第一の大目犍連(もつけんれん)、その他の阿羅漢(あらかん)を集めて万二千人となっています。菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)八万人、摩訶波闍波提比丘尼(まかはじやはだいびくに)の眷属(けんぞく)六千人、名月(みようがつ)天子その他の天子の眷属数万人、跋難陀(ばつなんだ)竜王などの眷属、これも、何万人、かくして集まった阿闍世王(あじやせおう)の眷属何千人。ソロバンにおいてみたことはないのですが、霊鷲山(りようじゆせん)へ、ざっと二、三十万集まっています。そうしたらどうでしょう、そんなにたくさん集まれますか。一つの都ができてしまうではないですか。しかも八大竜王もきています。阿修羅王もきています。そんなものがきているわけがないではないですか。かりに集まっても便所の設備だけでもたいへんです。八年間もそんなに集まって、いくら釈尊が仏でも二十万、三十万に聞かせる声がありますか。そうなってくると霊鷲山に集まったというのは、おかしいではないですか。菩薩が八万人も集まるわけがないではないですか。(中略)山の中です、広場ではないのです。そうなったら仏法上の根幹をなす「序品八万の大衆」はどうなりますか。日蓮大聖人様は、はっきりとお認めになっています。しかも事実の研究の上からゆけば、そんなものはありません。ないものを書いた法華経は、信用できなくなるでしょう。もし法華経がだめだとなれば信ずるものがなくなってしまいます。

 それは、何十万でもかまわないのです。なぜかならば、釈尊己心(こしん)の舎利弗であり、釈尊己心の八万の菩薩であります。釈尊己心の提婆達多(だいばだつた)であり、釈尊己心の八大竜王であります。死んでそこにはいないはずの舎利弗にも、己心の舎利弗なるゆえに話しかけえたのです。釈尊の胸に集めた何十万の人、それを対告衆として法華経を説いているのです。生命の実相をはっきりしなけば、法華経の序品から読めなくなってきます。

 よく「法華経を読みました」などという人がいますが、おかしくてたまりません。読めるものですか、読めるわけがありません。大御本尊を信じないで、読めるわけなんかありません。もし、ありとすれば、大御本尊様を信じないまでも、大御本尊を知りぬいていえなかった竜樹(りゆうじゅ)、天親(てんじん)天台(てんだい)、妙楽(みようらく)はこのかぎりではありません。読めていたのです。

 その意味からいきますれば、弥四郎国重は法華経をひろむべきいっさいの人を代表した人物、日蓮大聖人己心の弥四郎国重なのです。実在の人ではない。実在の人でなくても、いっこうさしつかえないのです。

 歴史的に調べて実証して、こうあらねばならんなどというのは、科学ということばに迷った人のやり方で、仏法哲理の上からいけば、日蓮大聖人己心の弥四郎国重に授与あそばされたのですから、日蓮大聖人のお考えとしては、もっとも理想の人格、法華経の行者の弟子として、理想の人格の人物として、世の中へおさだめになって、その者にお下げ渡しになっているのですから、そんなこと、実在であろうとなかろうと、考えなくともいいことになってきます。

 第一、智者の舎利弗の議論にたいして、寿量品を立て、生命を捨てて守護する信者を代表して、己心の弥四郎国重を日蓮大聖人は立てられたのです。諸君も、日蓮大聖人己心の弥四郎国重になりきりなさい。

 これは私はたくさんの人の中では話しません。もしこれを話して、あなた方がこれを人に話していい負かされたり、自分の心に疑いを起こしたりしたならば、かならずや罰を受けねばなりません。それほど重大な本尊論の問題でありますから、めったに話したことはありません。ごく側近の者に話したことがあります。本日はもしこれをいわなければ、なおさら疑いを起こす時期にきているように思いますからして、やむなく問いにまかせて答えました。これは、絶対にまちがいのないことですから、信じていただきましょう。

(注1)(ふりがな)は、市成にて加筆。

 

🔶 令和三年には、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の佳節を迎えます。

🔶 まだ、間に合います。日蓮正宗へ改宗して、百年に一度の佳節を法華講員として共々にお祝いしたいのです。

🔶 市成照一の願いはただ一つ、創価学会員の皆さんが、僕のような地獄の苦しみを味わって欲しくないことです💝 

 

日蓮正宗公式サイト

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/index_j.html

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 正しい本尊とは

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/kyogaku/honzon/honzon_j.htm

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 日蓮正宗と創価学会との関係について

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/sokagakkai/soka_1j.htm

 

「創価信仰の原点」とは、昭和20年8月15日の終戦後、「創価教育学会」を改め「創価学会」として、民衆救済に一人で立ち上がられました戸田城聖先生のご指導のことです。

「還って」とは、戸田城聖先生のご指導を学ぶことです。

「出直し」とは、創価学会員の皆さんが、何をどうすることなのでしょうか。

 

 戸田城聖全集 第2巻 質問会編(昭和57年1月26日発行・昭和58年5月20日第五刷 聖教新聞社)から重要と考える箇所を抜粋します。

 

【御本尊に関する質問】

[質問]弘安二年の十月十二日の御本尊様について教えてください。

[回答]

 弘安二年の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と申し上げ、日蓮大聖人が出世の御本懐(ごほんかい)として、弘安二年十月十二日に御図顕になられたのであります。聖人御難事に、建長五年より、余は二十七年にして出世の本懐を遂げるとおおせあそばされています。

 日寛上人は、大御本尊様について「就中(なかんずく)弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟(くきょう)中の究竟、本懐の中の本懐なり。既(すで)にこれ三大秘法の随一なり。況ん(いわん)や一閻浮提(いちえんぶだい)(世界)総体の本尊なる故なり」(観心本尊抄文段)といわれています。

 さらに、日寛上人は、大御本尊の功徳について「これ則(すなわ)ち諸仏諸経の能生(のうしょう)の根源にして、諸仏諸教の帰趣(きしゅ)せらるる処なり。故に十方三世の恒沙(ごうしゃ)の諸仏の功徳、十方三世の微塵(みじん)の経々の功徳、皆咸(ことごと)くこの文底下種の本尊に帰せざるなし。譬(たと)えば百千枝葉同じく一根に趣(おもむ)くが如し。

 故にこの本尊の功徳、無量無辺にして広大深遠の妙用(みょうゆう)あり。故に暫(しばら)くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶(かな)わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕(あらわ)れざるなきなり。妙楽の所謂(いわゆる)『正鏡に縁すれば功徳猶(なお)多し』とはこれなり」(観心本尊抄文段)とおおせであります。

 このようにすばらしい大御本尊が、七百年の昔から日本に厳存し、今日では泰安殿に(現在〈昭和57(1982)年の本書発刊当時〉は正本堂に)〈その後、平成14(2002)年10月に完成した泰安堂に〉御安置されているのです。

 これに対しては、なにものも絶対疑っては相(あい)なりません。 

 

(注1)(ふりがな)は、市成にて加筆。 

(注2)〈・・・〉は、市成にて加筆。 

 

🔶 令和三年には、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の佳節を迎えます。

🔶 まだ、間に合います。日蓮正宗へ改宗して、百年に一度の佳節を法華講員として共々にお祝いしたいのです。

🔶 市成照一の願いはただ一つ、創価学会員の皆さんが、僕のような地獄の苦しみを味わって欲しくないことです💝 

 

日蓮正宗公式サイト

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日蓮正宗公式サイト 関連項目 正しい本尊とは

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日蓮正宗公式サイト 関連項目 日蓮正宗と創価学会との関係について

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国産小麦シリーズに全粒粉食パンを加えて欲しいです。

Pascoさん、検討していただけないでしょうか💝

但し、ショートニングとか健康を害する添加物は、入れないでください❣️

 

国産小麦シリーズ新商品 「国産小麦の黒糖じゃりこっぺ」「国産小麦の白いバウム」 2019年9月1日新発売 | Pasco | 超熟のPasco | 敷島製パン株式会社


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「創価信仰の原点」とは、昭和20年8月15日の終戦後、「創価教育学会」を改め「創価学会」として、民衆救済に一人で立ち上がられました戸田城聖先生のご指導のことです。

「還って」とは、戸田城聖先生のご指導を学ぶことです。

「出直し」とは、創価学会員の皆さんが、何をどうすることなのでしょうか。

 

 戸田城聖全集 第2巻 質問会編(昭和57年1月26日発行・昭和58年5月20日第五刷 聖教新聞社)から重要と考える箇所を抜粋します。

 

【御本尊に関する質問】

[質問]「南無妙法蓮華経」とは、どのような意味があるのでしょうか。

[回答]南無とは帰命、すなわち妙法蓮華経に絶対にしたがうという意味です。妙法とは、われわれ人間の智ではかりしれぬ不思議な法であり、蓮華の法であります。われわれは泥沼にいるのです。泥沼から咲く花は美しい、華と果が功徳となって現れる、これが因果倶時(いんがぐじ)であります。経とはわれわれがありがたいと思うことです。これ自体が、われわれの運命を支配するのです。

(中略)

 われわれが信心すれば、日蓮大聖人様の所有の根本の力が、われわれの生命に感応(かんのう)して湧いてくるのです。われわれもやはり、ありのままの永遠真如(しんにょ)の自分にかわるのです。これが「南無妙法蓮華経」の実体であります。

(中略)

 宇宙の現象は、みな妙法蓮華経の活動であります。妙法とは一応われわれの心であり、蓮華とは体のこと、泥沼より清浄な開花をみせる蓮のごとく、欲ばり、ひねくれた根性で、泥中にいるような者も、蓮華の清浄さをたもつ体になれるのです。経とは心と体の働きをいいます。さらに、貧乏人が金持ちになるように奇蹟(きせき)のような、説明のつかぬ現象が起こる、これを妙法というのです。

 

🔶 令和三年には、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の佳節を迎えます。

🔶 まだ、間に合います。日蓮正宗へ改宗して、百年に一度の佳節を法華講員として共々にお祝いしたいのです。

🔶 市成照一の願いはただ一つ、創価学会員の皆さんが、僕のような地獄の苦しみを味わって欲しくないことです💝 

 

日蓮正宗公式サイト

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/index_j.html

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 正しい本尊とは

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/kyogaku/honzon/honzon_j.htm

 

日蓮正宗公式サイト 関連項目 日蓮正宗と創価学会との関係について

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/sokagakkai/soka_1j.htm

 

 私のように子供がいて連絡できる状態では、「生きています」メールができます。しかし、子供がおられても連絡できない方や、兄弟・子供・親戚などのおられない方は、どうすれば良いのかを考えました。

 

 戦後、日本は、経済復興に向けて多くの地方の青年が、東京や大阪といった都会へ働きに出てきました。その後、結婚してマイホームを持って、家族をつくりました。これが、核家族化の始まりだと思います。

 

 戦後、70年以上が過ぎた今日、核家族化がさらに細分化されたのと同時に、戦後の非日教育で日本人の価値観がガラリと変わってしまった。つまり、家族よりも個人に重きをおき、その結果、家族との結びつきを大切にしない日本人になり下がってしまったのではないでしょうか。

 

 都会で暮らす誰からも相手にされない心の結びつきのない見放されたような気がする独居高齢者が、多く暮らすようになってしまいました。家族との結びつき崩壊が、若い夫婦との間で生まれた子供達へも影響が出ています。死にいたるまでの残忍な幼児虐待でです。

 僕も小学校までですが、神戸の祖父や祖母と暮らしていた時に、両親と喧嘩をした時などは、必ずジジ・ババが助け船を出してくれました。ジジ・ババがいない時は、お隣りのおばちゃんやお向かいで明治維新前に生まれた超ババが助けてくれました。独りぼっちではなく、いつでも誰かと一緒でした。

 しかし、今、都会で超核家族化された状況の中で、僕のような経験をしている子供が果たして・・・と思うと、寂しい限りです。幼児が、親の手によって殺されるような平和ボケした戦後の日本になってしまった。悲しい!老いも若きも心の砂漠で生きている。スマホ片手に架空の世界に生きることで、現実の世界から目を背けているように思う。目を背ければ背けるほど、現実は悪い方向へとドンドン加速度的に悪くなっている。

 

 己の心を閉じて、ご近所の方々とも触れ合っていこうとしない孤立した個人の心の弱みにつけこんだ物品の訪問販売詐欺商法をはじめとする住宅リフォーム詐欺等々、この閉ざされた空間を転換できる方法が、一つだけあると、3年前に明石から東京へ出て来て気づいたことがあります。

 それは、同じ地域に住む人々で構成されている「町内会」や「自治会」の地域力を発揮するです。

 

 明石に住んでいた時は、「班」という最小単位で役を持っていました。引っ越しのトラックを見れば、一週間以内に訪問して、町内会への入会の案内をしました。また、会員へは、町内会費集金の訪問以外にも、高齢者の方へは「お元気ですか」とお声がけをしていました。特に独居高齢者は、訪問の回数を1回増やしていました。

 東京へ引っ越して間もなく、町内会へ入会申込書を提出しましたが、理由を知らされなまま、よそ者?すぐに引っ越しするかも?何がどうなのかもわからないまま「スカへー」状態で「クサー」という印象を持ち続けて今日まで暮らして来ました。

 

 しかしながら、このたび、高齢者の「孤独死」の後のことを考えますと、最後の切り札は、行政では遠いので、同じ地域の空気を吸って活動していて、地域力を持っている「町内会」や「自治会」に期待する以外にないのです。

 

 単に期待するだけでは、何も変わりません。

 ある役割を担ってもらうのです。

 その役割とは、高齢者夫婦・独居高齢者および若い夫婦家族への継続したお声がけです。

 

 「町内会」や「自治会」の役員の皆様へ

 同じ地域に住む人々の心と心を結びつける新たな運動《お声がけ運動》を令和時代の幕開けに提案いたします。💝

 僕は、8年前の夏から一人暮らしを始めました。その時は、57歳で「孤独死」について考えませんでした。ところが、今、65歳となり「孤独死」の後のことが気になり始めました。それは、7月に聞いたことなのですが、最近、大田区内で一人暮らしのご高齢の方がお亡くなりになったそうです。その時に警察や行政の職員が来られて、その方の子供や親戚の連絡先を探ってみたそうですが分からなくて、ご遺体の火葬から家財道具のすべてを処分されたということを聞きました。

 

 人の寿命って、いつ・どこで・どのように、なるかわかりません。人ごとのように思えなくなりました。そこで、8月11日に、ある対策をおこないました。

 

 いつも、夜、寝る前にスマホでニュースを読んでから、アラームをセットして寝るようにしています。今月の14日の夜も、いつものようにスマホのニュースリストを見ていましたら

「事故物件」だけを扱う不動… (東洋経済オンライン) - auヘッドライン

https://news.headlines.auone.jp/stories/topics/story/12710591?genreid=1&subgenreid=3&articleid=12710591&cpid=10130010

が、目に飛び込んできました。

 これを読み終わると下の方に

「孤独死」現場 人型の染みも (文春オンライン) - auヘッドライン

が、目にとまりました。読んでみて、孤独死の後、発見されるまでに時間が過ぎるますと、このように建物へ影響をおよぼすのかを知りました。

https://news.headlines.auone.jp/stories/topics/story/12712169?genreid=1&subgenreid=3&articleid=12712169&cpid=10130049&rf=passtop_ニュース

 今、賃貸住宅に住んでいますが、家主さんへご迷惑をかけるわけにはいきません。8月11日の対策だけでは、不十分だと気づきました。

 8月11日の対策とは、

❶ 私が所属している寺院から教えていただいた文面ですが、連絡先として

「この仏壇の中の御本尊は、私が宝浄寺より借受けているものです。

 私亡き後は、宝浄寺に返納もしくは連絡を入れて頂きたいと思います。

 お手数をおかけしますが、何卒、宜しくお願いします。

                                               令和元年8月11日

                                                市成 照一 印 

                   日蓮正宗 佛国山 宝浄寺

                     〒144-0054 東京都大田区新蒲田1-4-1 TEL 03-3735-6666」

 

❷ 娘への連絡として

 「私亡き後は、娘の◯◯△△へ連絡してください。

 TEL 000-0000-0000 

 お手数をおかけしますが、何卒、宜しくお願いします。

                    令和元年8月11日

                       市成 照一」

以上の❶❷です。

 

 何故これでは、不十分かと申し上げますと、私が亡くなってから発見されるまでに相当な日数を経てしまうということです。発見された時は、「孤独死」現場 人型の染みも 状態になっているからです。

 

 郵便局の「みまもりサービス」(有料)がありますが、このサービスを受けるにはまだまだ早過ぎます。

 そこで考えたのが、朝、目が覚めたら娘へ「おはよう、おきました」とショートメールすること。毎朝だったら、嫌がられるので、何日間隔ですれば良いのか考えました。

 

 「現場人型の染み」が生じる、つまり、体液が流れ出す時間は、死後、どのくらい過ぎてからなのかをネットで調べました。

 

死後、人間の身体はどう変容するのか?―死体現象 | 碑文谷創 事務所

https://hajime-himonya.com/?p=1542

 

 「・・・表皮の下に体液が染み出て水泡が形成される、その水泡が破れる、遺体から出る腐敗臭がひどくなる、腐敗ガスが体内に充満して口や肛門等から漏出してくる、顔やお腹が膨張してくる、という変化が死後2~4日以内でも発生するケースがある。・・・」とのことです。

 

 「死後2~4日以内でも発生」ということは、中をとって3日ごとのショートメールが妥当なのかな?

 

 この世に生まれた時から、人は、「死」に向かって「生」の活動をします。

 自分の生命は、「生」➡︎「死」➡︎「生」➡︎「死」➡︎・・・と永遠にこの活動を繰り返えします。

 だから、素晴らしい「死」を迎えるために、今の「生」をしっかり生ききることが大切!

 つまり、生き抜いて果たすべき役割・使命を見い出すために、常に、学び・考え続けた結果に対して実直に行動することではないだろうか。

 

 僕は、50歳の誕生日を迎えた日に、時間の概念が変わりました。

 「無限」と感じていた時間が、「有限」だと。

 その瞬間、「僕は、欠陥住宅撲滅運動が使命と感じ、生涯をかけて取り組もう」と決めました。

 使命を果たし抜いたある夜、家族に「お休み」と言って、朝、起きてこない。

そのようにして、今の「生」を終わりにしたいと思いました💝