創価学会に疑問を懐くようになりましたキッカケについて書きます。
2014(平成26)年
5月24日19:30~22:00[焼き鳥店 ひろひろ]
娘が、結婚したいという交際相手のN氏と初対面する。
写真よりも男前で、爽やかで、優しそうで、好感の持てる人物と感じる。
《この御仁は、娘にとって運命の人ならば、僕にとっても後にマサカ運命の人になるとは、思わなかったが・・・それは意外と早く訪れた》
彼氏を呼ぶ時に名前の◯◯さんでは、親しみが持てないので、名前の後ろの頭文字をとって「Sちゃん」と呼ぶことに皆んなの賛成で決まった。
4月が娘の誕生月だったので、お誕生日会も兼ねた。
7月5日13:00~16:00[京都 竹茂楼]
Sちゃんは、両家の初めてのご対面場所として、京都にある「竹茂楼」を選んだ。
京都駅で娘と前妻に合流する。
ご両家の対面場所が、なぜ、京都になったのかを娘に尋ねると「Sちゃんの実家は神奈川県で、うちらは兵庫県なので、名古屋やったらこちが遠いし、大阪やったらむこうが遠いし。それやったらほぼ中間の京都になったんや」とのこと。
さらに「それで、何処へ行くの?」と聞くが、微笑んでいるばかりで返事をしない。
何処かのホテルで、会食ができる部屋を予約しているのかな?と思う程度でした。
三人はタクシーに乗るが、道が渋滞していて、お会いする時間ギリギリになってしまった。
着くなり「えぇッ・・・まさか???・・・ここなの」と超ドッキリ!!!
その時、僕の所持金は1,700円少々《人生初の借金地獄に陥っていたので》
お金も無いし、時間も無いしと、無い無いづくめでの初対面となった。
Sちゃんの進行で、挨拶を済まして雑談するなかで、仲居さん登場。
「お飲物は、どれにおしやす」と言いながらメニューを見せる。見ると、知らない銘柄のお酒ばかり。一番安そうな芋焼酎のお湯割を注文するが、それでも高いなぁー。
料理が増えていくにつれて、仲居さんのお喋りも増えていく。
「今、京都の〇〇は、どうのこうの・・・」と、Sちゃんのお父上に観光案内を始める。
それを聴きながら僕は「観光案内は、もう、ええからやめてくれ!」と心のなかで叫ぶ。
なんせ所持金は1,700円少々で、お父上から「せっかく京都へ来たのですから、この後、仲居さんが言われた◯◯へ行きましょうか」なんて言われたら、どない言うてお断りしたらええのか急に頭のなかがイッパイになってしまった。それまで美味しくいただいていた料理やお酒の味がしなくなったのでした。《気持ちの変化、すごく心配な気持ちが起こると、味覚がなくなる。気持ちと肉体は表裏一体。仏法では、これを「色心不二」と言います》
お父上様とお別れするまで心配が続きましたが、お別れするまでお誘いはありませんでした。ホットした瞬間、お腹が空いた。《今、思うと、前もって娘がSちゃんに僕の金欠状態を話していたのかも知れません》
いよいよここからが、本題です。
◾️京都でのビッグイベントを終えた翌日(7月6日)から11日頃までの間、思いを巡らし続けました。
⚫︎ 日蓮正宗創価学会で信心して55年目の今年が、最悪の状態で最悪の気持ちやなぁ。
⚫︎ 以前に池田先生は、「日蓮正宗を信仰していたら『冥益(みょうやく)』と言って、10年20年30年と続けていくと、知らず知らずのうちに、病気が解決し、貧乏から抜け出し、悩みも解決して、生きていることが自体が楽しいという境涯になるんです。
これを絶対的幸福というのです」と言われていたのを思い出した。
しかし、今の僕は、昭和34年にお母ちゃん達と一緒に信仰を始めた時のわが家の貧乏さよりも、もっと貧乏のように思う。おまけに、借金まみれや。
僕は、55年間信心していて、幸せの頂点は27・28年過ぎたころかな?
気が付いたら、昭和34年の経済状態よりもさらに悪くなってしまった。
⚫︎ Sちゃんは、日蓮正宗創価学会の信仰をしていないのに、どうして、幸せそうに見えるのだろうか。
京都の高級料亭を選んだSちゃんとの境涯で、大きな差を感じた。
⚫︎ 僕の信仰のどこが間違っていたのか?
信仰するのに限界を感じ始めた。
⚫︎ 明日への希望が、持てなくなった。
⚫︎ 生きる力が、無くなった。
⚫︎ 生きる意欲も、無くなった。
⚫︎ 5歳から創価学会に入会・日蓮正宗へ入信して積んできた福運が尽きた、使い切ったと思った。
⚫︎ このままの状態で、創価学会からの御本尊様を拝み続けると、気が狂うか、自殺するかも知れないと思った。
7月12日19:15~20:00[創価学会の所属しているブロック座談会へ参加]
司会者から、一人づつお話しをとのことで、僕の順番が来た。
5歳で入信してから今日に至るまでの数々の信仰体験を15分も語った後、締めくくりとして最後に「これからも 池田先生を人生の師匠と仰いでいきます」《大拍手を受ける》
7月12日20:45ごろ[事務所兼自宅にて]
座談会で勤行をしていなかったので、しようと思い仏壇の扉を開けると「拝んだらアカン!ニセ物だ!ニセ本尊だ!」と聞えたので、慌てて扉を閉じた。
頭の中をさっきの言葉が、暴れ回っている。
しばらくの間、座り込んで、頭を抱えてしまった。
ようやく落ち着いてから
幻聴を聞くなんて、とうとう僕は気が狂ったのか。
いや待てよ、さっき聞こえたのが、自分の命からの叫びやったら「ニセ本尊なんかは、拝めない!!」
創価学会入会して55周年を迎えた夏に、創価学会に対して真剣で大きな疑問を抱いた。
それから、5年が過ぎた今の僕の気持ち・思いは、その当時と全く変わらない。
🔸 Sちゃんとの出会いが、創価学会に対して真剣で大きな疑問を抱くキッカケを生み出した。
🔸 Sちゃんとの出会いがなければ、今、僕、この世にはいないでしょう!
🔸 Sちゃんに巡り会わせてくれた娘へ、感謝しています。
🔸 Sちゃんには、僕がこの世の使命を終え続けるまで、大感謝の気持ちで生きていきます。

