昭和55年(何年前だ?)12月の寒い山口で出逢った女の子。その後、手紙のやり取りを続け、お互いの近況を伝えあっておりました。
GX400SPですが、エンジンにバランサーを持たない構造ゆえ、70kmを超えたあたりから、不快な振動が発生し、バックミラーは見えない、ハンドルを持つ手が痺れてきて長時間の運転困難、ステップも振動で足が乗せれなくなる欠点が気になり始めました。ショックだったのは、友人に撮ってもらったライディング中の写真。体の割にバイクが小さく、全く様にならないこと。・・・丁度その頃、一大センセーションを巻き起こしたRZ350が発売され、結局、乗り換えました。2サイクルエンジンゆえ、爆発的なパワーがあり、車体が軽量であるため、一気にスロットルを開けると、血の気が引く加速感が味わえ、刺激的なバイクでした。別名、ナナハンキラーとも呼ばれ、先行発売されたRZ250より、扱いやすいバイクと言われてました。
(国道379号線)
仙台の女の子とは依然として、文通は続いておりました。
「もう一度逢いたい!」の思いは次第に強くなり、「大学生活最後だから、夏祭りの東北行くか!」ということで、2週間にわたるロングツーリングを計画。平成56年7月31日、台風接近の中、松山→徳島→(フェリー:台風で無茶苦茶揺れて完全に船酔い)→東京→仙台
彼女とは、8月2日に再開。台風一過の晴天の元、彼女をRZの後ろに乗せて牡鹿半島までツーリング。
でも、彼女を迎えに行った場所は、七ヶ浜町(たぶん花渕浜)の海のすぐ側。彼女の家(実家だと思いますが)は、・・・昨年の東日本大震災で大津波の被害を受けているはず・・・結婚されて内陸に住んでいればよいのですが・・・ご両親を含めて、安否が心配です。
今日も、実家へ行って、彼女から届いた手紙が残っているか探してきましたが、・・・捨ててしまったのかなあ。
今年の夏、一度、仙台へ行ってみようかな?と、考えてます。行ってどうなるものでもありませんが・・・。
・・・続く
