東北一周ツーリングのあと、仙台の彼女(いつの間にか、彼女と言ってます)、しばらく手紙のやり取りは続いてましたが、どちらともなく疎遠となり、連絡が途絶えるようになってしまいました。どうやら、手紙は捨ててしまったようで(しまった!残しておけばよかった)、下の名前はわかるのですが、上の姓が多分、「渡辺」だったような・・・住所も、七ヶ浜町吉田浜だったような・・・職業は歯科技工士。しかし記憶は曖昧ですね。
ネットで探してはみましたが・・・出てくるはずもないですよね。
何かいい方法ありますかね。・・・・まあ、しばらく探してみます。
その後、RZで、連休に四国、西中国など、ショットツーリングを繰り返しておりました。
ツーリングでの出会いは女の子だけでなく、強烈な個性の男性もいます。
時効ですので言いますが、下関YHで出会った若者。周遊券を偽○して、全国を回ってました。その人曰く、「国鉄に儲けさせたらアカン!」(写真の人ではありませんよ。載せれません)
毎年、12月第一週の日曜日、山口で中四国大学駅伝が開催されます。オートバイを持ってる私は、愛媛大学駅伝チームの伴走を行ってました。(当然ですが、私は長距離走りません)
まあ、皆さん、お若いこと。
ということで、駅伝開催日の前後、ショートツーリングが常となってました。
昭和56年12月4日(金)下関YH→12月5日(土)山口YH→12月6日(日)岩国YH・・・ここで運命的な出会い(女じゃないぞ!)
会社を退職し、日本一周していた岡山のSR500ライダーに遭遇。この時も2人だけだった?と思います。
バイク談義に花を咲かせ、翌朝はお互いの連絡先も告げず、GoodBye。(右上、右中の写真:いつの日か、SRに乗るようになるとは・・・知る由もなく)
RZ350。とにかく凄まじい加速でした。登りでは、圧倒的なパワーを誇るもの、下りになるとエンジンブレーキーがほとんど効かず、恐怖感が十分味わえました。2サイクルの宿命、燃費の悪さ、エンジンオイル(1000km毎に1リットル)が、ロングツーリングでは致命的。
大学卒業間近、卒論をほっぽり出して、オートバイの限定解除のため、愛媛県運転免許センター通い。13回試験を受けて、やっと合格。
晴れて大型バイクに乗ることができるようになりましたが、ここで思案。ナナハンにしようか?、SR500にしようか?・・・かなり悩みましたが、結局、一度はナナハンということで、その頃、発売されたばかりのXV750Eにチェンジ。昭和57年2月。
XV750Eの詳しい話は、次回に廻すとして、2枚目のアルバムの右下を見てください。
卒業ラストツーリング(2回目の九州一周:昭和57年3月)の際、早めに阿蘇(瀬の本高原?)YHに到着した私。疲れもあって、玄関付近でボーっと外を見ていたら、・・・ドッドッドッ・・・・・・・「うん?SR?・・・見覚えのあるヘルメット・・・おお、岡山のSR500」
こんなことってあるのですね。写真は翌日、出発の際の記念撮影。ポーズのSRライダーの後ろにXV750E、その前にあのSR500。
それ以来、年賀状ぐらいですが、彼とは連絡は取り合ってます。
まだ続く・・・