ちょっとSR関連から横道にそれますが、最終的にはSRに繋がることなので、お付き合いください。
さて、私がオートバイという乗り物に執りつかれたキッカケは・・・四輪の免許を取ったことからでした。
当時、富山からはるか彼方の四国、愛媛大学に通学しておりました。2回生(西日本は、年生と言わず回生と言います)の夏、なんとか取得した普通自動車免許。おまけで付いていた「原付免許」。これを利用しない手はありません。
たまたま、間借(死語?)していた大家さん宅の息子さんが愛媛県警の白バイ隊員(これも何かの縁ですかね)。ラッキーにも息子さん所有の原付「ヤマハチャッピー」を譲り受けることができ、当然のことながら、遠出したくなります。
ある日、松山から一路、国道を南下してプチツーリング。絶好の晴天のもと、いい気分で走っていたら突然・・・サイレン音
・・・いつの間にか、白バイが後ろに・・・「停止してください」・・・「40km超えてます。ちょっとスピードオーバー、原付は30km制限です。知ってますよね」・・・(やられた!交通違反。初の切符か?)
白バイ「どこまで行くつもりですか?」・・・私「ツーリングで、大洲まで行こうと思ってます」・・・白バイ「原付じゃ無理。30kmしか出せないし、今度は大きなバイクで行ってください。」と、切符は切らずに去っていきました。
・・・「今度は大きなバイクで」この一言から、本格的なバイク人生が始まりました。
「よし。中型バイクに乗ろう」
バイトで貯めたお金で、中型免許取得のため、自動車学校へ。でも免許取得しても、バイクを買うお金までありません。近くのバイク屋の親父さんに話したところ、「保証人(遠い親戚ということで)になるから、ローン組んだら?」
という流れで、初めての中型バイクは、ヤマハGX400SP(当時、4気筒が主流だったが、あえて不人気の2気筒を選ぶ:後から、皆に馬鹿にされた)
左上の写真は、山口ユースホステル(当時、金のないツーリングライダー常宿がYHでした)での一コマ。
このとき出逢った仙台の女の子(中原中也が好きで、山口まで一人旅)。たまたま、宿泊した日は私と彼女だけ。彼女、仙台でホンダモンキーに乗っているとのこと。バイクの話などで、夜遅くまで話し込みました。翌日、YH前で彼女に撮ってもらった写真がこのショット。この時、GXに跨った彼女の写真も撮ったのですが、なぜか失敗。写ってませんでした(本当の話)。この子との出会いが、次の続編に繋がっていくのです。・・・続く