たった三十分遅いだけで、通勤時間の車内は変わってしまう。背広の男性が減り、若い女性が増える。なぜなんだろうか。
現体制で美味しい思いをしている人たちが恐れているのは、脱原発運動が高まり、全ての原発が廃炉になることではなく、その運動が現体制に対する疑問を多くの人々にもたらすことだ。
福島の人々だけでなく、全国の各地に疑問の輪が広がることを、最も恐れている。なぜなら、そうなれば、もう二度と美味しい思いは出来なくなるからだ。私は、明治維新後の日本で初の市民革命のようなものが現在進行中であると信じている。そう、大正デモクラシーを上回る平成デモクラシーが今起きていると。
押上駅の改札の掲示板によれば、スカイツリータウン開業まであと34日。昨晩、テレビ東京の『ワールドビジネスサテライト』でも、スカイツリーが取り上げられていた。
スカイツリー見物土産には何がいいのだろうか。いまのところ、思い浮かばないが、スカイツリータウンがオープンしたら、何かオオスメできるものがあるかもしれない。
本日から始まった脱原発ハンガーストライキ。場所はいくつかあるのかもしれないが、経産省前のテント村でも行われているようだ。21時ごろに見にいったが、雨が降って寒いせいか、テントは閉まり、中の様子はわからない。
いたって静かなハンガーストライキ初日の夜というところか。
なお、ストライキは現在唯一稼働している泊原発が検査のために稼働を停止する5月5日まで続く予定。
著者は、大手新聞の記者であったこともある弁護士である。
本書は、「日本のマスメディアに課されたほかの先進国とは異質な制約」の紹介と、「マスコミがなぜ「マスゴミ」と呼ばれるような事態に至った」原因の説明がなされています(20から21ページ)。
米国のFCCのような独立行政委員会がないこと、クロスオーナーシップ(異業種メディアの所有)が禁止されていないこと(新聞とテレビの系列化)、広告一業者一社制度がないことなどが指摘されています。
日本では、テレビは総務省の免許を得ないと放送出来ないことから、行政からの影響を受けやすく、その結果、テレビと系列化している新聞までも、行政からの影響を受けやすくなってしまっているので、テレビと新聞が国家権力の監視役としては不十分になっていることがよくわかった。
原発再稼働を進めようとする人たちの主張は、夏になれば、原発なしでは電力の供給不足となり、病院などの施設に影響が出るというものらしい。
それは表向き正しいように見えるが、電力供給量は専ら再稼働を進めたい電力会社の計算のものであって、第三者のものではないから、信用性は低い。
仮に、その計算がある程度正しいとしても、東電福島原発事故を踏まえた安全性の対策は再稼働後の数年後という有り様で、再稼働をするというのは、あまりにも拙速というか、杜撰ではないだろうか。その杜撰さが毎日のように起きている原発の事故につながり、はては東電福島原発事故を引き起こしたはずだが、依然として、事故の真摯な反省にたった行動はしないらしい。
今朝起きてきた長男が、おねしょしてなかったよと、嬉しそうに話してくれた。私もとても嬉しくなった。ゆっくりと、その嬉しさにひたっていたかったが、用事があったので、そうはいかなかったのは残念。少しづつでも、おねしょしない朝が増えるといいのだが。