実家で、妻が長女を産み、育てていたとき、長女の世話をしてくれたのが妻の祖母でした。83歳でしたが、自宅から妻の実家まで30分以上かかって歩いてきて、長女の守りをしてくれました。妻の両親は働いており、祖母が孫たちの面倒を看てきました。

長女を背負って子守唄など歌いながら実家の周辺をよく歩いていたそうです。子どもを背負うとき、祖母は「どっこいしょ」と言ってかつぎあげました。長女が初めて覚えた言葉は「どっこいしょ」でした。

妻の兄のところでも、子どもが次々と誕生しましたが、兄の妻の方針で子どもたちは妻が世話をしました。祖母の役割はなくなり、次第に元気をなくしていきました。

祖母の実家に引き取られ、「上げ膳据え膳」の生活になりました。体を動かさなくなり、徐々に体が弱ってきました。寝たり起きたりの暮らしになり、体の衰えが加速しました。それから、数年後、亡くなりました。

だから、タケちゃんは自分で自分の役割をこしらえようと考えて、整骨院を始めました。肉体的に施療がしんどくなったら、別の役目を探そうと思っています。「社会的な役割」を持つことは、人との交流、情報の交換、問題解決の試行錯誤があり、否が応でも頭も体も、そして心も精一杯動かさなければなりません。そうしたことが、健康長寿につながると確信しています。