日々、様々な悲惨な事故や事件、災害が次から次へとニュースで流れてきますが、親(もしくは義親)の虐待で子供が死に追いやられるといった事件は、正直耳を塞ぎたくなるニュースの一つです。

 

他人からいじめられる我が子を想像するのも耐えられませんし、ましてや親が子供を虐待して死亡させるとは……、怒りや悲しみを超越して、言葉を失います。

 

 

同時に、こんなことも考えます。

 

こんな恐ろしい酷い仕打ちなどしたこともない、逆に何かあれば親として出来る限り守ってきたはずの我が子が自ら命を絶つとは……、一体なんだったんだろう?と。

 

それほどの事に至ってしまうまで、本人のSOSをどこでどう見過ごしてしまったのだろう?……と。

 

今考えてみれば、あれが? これが? でも、どこでどう『死に向かっていった』気持ちに気づいてあげられたんだろう?と、首を傾げるほど、亡き子はこれまでの普段通りに過ごしていました。

 

 

親だからこそ、兄弟姉妹だからこそ、友人だからこそ気づいてあげたかった。

 

しかし当人からしたら、親だからこそ、兄弟姉妹だからこそ、友人だからこそ、口に出せない悩みだったのかもしれません。

 

 

 

遺書にあった『誰も悪くない』『いじめや虐待じゃない』という言葉を尊重して、第三者委員会までは立ち上げず、事後の一般的な?校内調書のみを確認させていただきましたが、特別な問題はなかったような報告書でした。

 

少し気になるといえば、『小学校時代に戻りたい』だとか『前のほうが楽しかった』など、ポツリポツリと学校の友人らとの会話で漏らしていたということでしょうか。

 

あの日、『いつもより元気がなかったようには感じた』といった、先立った当日の登校時の証言はありましたが、『死ぬほどに追い詰められていた様子』はどこにも見当たらないのです。

 

 

 

そんな中で、(遺書以外で)本人が『死』を意識したり、具体的に『死にたい』『辛い』といった言葉を残しているものが見つかっていました。

 

それはクラス担任先生との個別日誌(ノート)の中でです。

 

きっと亡き子にとって当時のクラス担任は、頼もしい先生だったのだと思います。

 

信頼しているからこそ、本音をそこにチラつかせたのだと私は思いますから。

 

 

 ……………………

2016年、

5月30日

 ――友達に聞かれた「死ぬってどういうことなんだろう?」をずっと考えていた。死っていうのはどんなことなんだろう…。

 

5月31日

 ――も~~ 部活やだ ほんとムカつく 勝手に決めないでくれ 部Tの絵とか書きたくない

 

6月14日

 ――今年、やなことにはがまんして、楽しい思い出をたくさんつくりたい。そのあと、遠い所で凍死したい。

 

6月21日

 ――こもんとの長期戦に、とうとう明日終止符をうつことになった。この戦い、勝って部活をやめてやる

 

6月23日

 ――部でケガが軽いだろとか思ってるやつ。お前らのじんたいも切ってやろうか

 

7月8日

 ――死ね 死ぬ~~~

 

9月9日

 ――もうだるい。つかれた。苦しくない体をきれいにたもてる死に方ってある? とうめいになって好き勝手したい。

 

9月12日

 ――あーーまじクズ! もうほんと部活やだ。脳みそとけそう。

 

9月19日

 ――朝から5時までずっと練習試合だった。死ぬ~~

 

10月26日

 ――ショック 死にそう

 

11月10日

 ――楽しかった。こんな日がずっと続けばいいのに。がんばれってなんだよ がんばってんだよ。

 

11月16日

 ――だるい。たていわ楽しみだなぁ それまで生きてりゃ

 

12月1日

 ――ワロタ。今日はホモの日だった。部活がつらいどーーー

 

12月6日

 ――昨日はうつになりそうだった。早く冬休みになってほしい。その後は死んでも死ななくても自由だ。頑張ろう。

 

12月8日

 ――死にてぇ どらえもん面白いなー 明日が面白いともっといいんだけどなー

 

12月9日

 ――ワロターー 僕は死にましぇーーーん 最低な一週間だったなー 楽しかったけど部活はつまんなかったなー

 

12月20日

 ――友達と会えないかもしれない。おっ死にそう。わりとまじで。会えても死んでやる~~~~

 

 ……冬休み明け数日後命を絶つ……

 

 

 

この個別日誌とは別に、亡き子は学校の生活アンケート調査でも『問題あり』にひっかかっていたようでした。

 

担任の先生からは、このSOSらしきものへの返答コメントは一切書かれていませんでしたが、生活アンケート結果を見過ごしていたわけではなく、亡き子本人に個人的に声をかけてくださってはいたようです。

 

しかし、

先生、私はこういうキャラなんですよ~~」というような返答で、かわされていたことを後から聞きました。

 

 

 

ここからは事後の『今更ながら』になりますが、このことはリアルタイムで家族にもおしえて欲しかったなと思いまして、担任先生と当時の校長先生が自宅訪問したときに伝えました。

 

先生方はそれに対しても真摯に受け答えしてくださっていたと思います。

 

私としても、担任の先生を上手くかわしていた様子もわかるし、家族でさえまったく気がつかなかったくらいです。

 

友人たちからも「まさか?」というショック反応ですし、遺書にもあった通り『誰も悪くない』。

 

死へ向かうタイミングが絶妙に揃い過ぎてしまった『』だったのかもしれません。

 

 

ですが今更でもしつこく消えない私の思いは、せめてアンケート結果と、個別日誌の中で『死に触れていた』ことをこっそりでもおしえてほしかったことです。

 

『死にたい』を口癖のように吐く人もいることでしょう。

『死ぬぅ』と、ジョーク混じりで言葉にしてしまうこともあるでしょう。

『死』に向かう気持ちが本気なのかどうかわからないので、安易にまわりに知らせるべきなのか躊躇してしまうのだとも思いますし、大袈裟にしないほうが良いと慎重に判断されたのかもしれません。

 

それほどに『死にたい』という一言は、難解で扱いが難しい面もあり、文面や本人の表情だけでは判断がつかない、デリケートなことなのだと考えますから。

 

 

けれど私は親として、このことを発していた時点で知っておきたかった。

 

それを知らせてもらえたからといって、自死を止められたかはわかりませんし、逆にもっと死を早めてしまった恐れもありますよね。

 

けれども、亡き子と『死』について話をする機会はあったでしょう。

 

それを話題に出すことで、仮面を被っていた亡き子の別の顔を見れたかもしれません。

 

いや、先生のときのように、上手くかわされたかもしれません。

 

 

それでも、『死』について亡き子と会話できる場面は作れたはずで、それすら持てなかった中で先立たれた後悔とは、また違うものになっていたと思うのです。

 

なんにも知らずにいたことは、今でも悔やまれて仕方がありません。

 

喩えるなら、会社の健康診断でひっかかったにも拘わらず、会社側からの問診だけで家族には知らせない、再検査や治療もなされず容態が悪化して逝ってしまったようにも感じました。

 

 

なんのためのアンケートだったのだろう?

 

 

担任先生との個人日誌のメリットは?

 

 

 

もし、教育に関わる場に立たれていらっしゃる方がこのブログを読むことがあれば、今後こうした事案があった場合に、生徒の家族にはどうするのがベターなのか、あらためて考えてみてほしいのです。

 

生徒の(表面的な)様子から判断して、家族には知らせるかどうかを決める。

 

生徒の様子も気にしながら、とりあえず家族には知らせておくべきなのか、それとも?

 

 

SOSの表し方も人それぞれなので難しいとは思いますが、数ある学生自死の中で実際にあった事例として、亡き子が生前『死にたい』『辛い』気持ちを書き出していた経緯、個別日誌を、ウェブ上にアップしておこうと思いました。

 

 

📷写真はその日誌の一部です。凍死という漢字が誤字になってますね。

 

こういうところが、まったく自死をにおわせるのに似つかわしくないトンマな子でした。

 

なぜに自死だけは完璧にこなしてしまったのだろうと、ツッコミを入れたくなる私です。

 

星のしずく*管理人

 

 

 

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