37名無事に帰宅しました。(まだ、共同牧場にエリーちゃんやモモちゃんたち40名以上残っています。。毎日親方に、現実を直視してくれ、とても全員見きれないよ、牛さんたちの持つ力の半分も引き出せないじゃない!と言っています)
いきなり、これまで過ごしてきた広い畑の千分の一か万分の一の狭い場所になってしまいましたし、私ならば、姉さんたちが過ごしやすいように(本当にこちらの乾乳牛舎は、種付け頃から初産を迎える前の大きめ姉さんが、様々な理由で命を落とすことが毎年必ずありました、、それもあり、去年、小ぶりなD型を建ててもらいましたが、やっぱり根本的な解決はまだまだ遠い)、牛舎のあちこちのリフォームには、本当にお金をかけて欲しかったですが、よれた親方社長が、リフォームには全く興味がなく、全部機械代に使ってきていましたので、今だに無駄に大きいだけで牛も人も快適性ゼロですが、ソレイユちゃんのこともあり、牧場に帰ってきてもらい、本当にホッとしました。(今年はそれでも、私が寝藁寝藁と、夏からずっと騒いでいるので、これまでで一番、乾乳牛舎の広場に寝藁を敷いてもらえているが)
牛舎へ行く途中、頭上を通り過ぎる白鳥チーム(すごい大声で鳴きながらの時もあれば、鳴き声は一切ない時もありますが、鳴き声がない時の羽音は、一瞬だけど、すごい迫力を感じさせます)などを見ると、地球は人間だけのものではないということが、いつも胸に迫ってきます。
嵐の日には、その厳しさに早く通り過ぎてくれるのを待つだけですが、嵐が過ぎれば、相変わらず、地球はなんてきれいな星なんだろう、、と思います。(働き方改革の前に、生き方改革を望みたい。生産的な活動ばかりが優れていなくて、春夏秋冬の時間や季節を、好きな場所で寝転がって、鼻くそをほじりながらでも、ぼんやり眺めて過ごすような非生産的な過ごし方も、地球にとっても人間にとっても、ずっと良い場合もあると思うし、これから益々大事になっていくようになって欲しい)
一気に寒暖差が猛烈だった10月の終わりに、マイコプラズマかな、と注射を変えて、一時良くなった風に見えた、なみだちゃんは、その後、また少し食べた草を吐いたり毛が逆立ち、氷点下6〜7度くらいまで下がった朝などに顔色が悪そうだったので、試しにヒーターをつけてあげたら、1名だけずっとあたっていたりしていて、
私も高校生の時に、マイコプラズマ肺炎になり、1ヶ月くらい空咳と微熱がダラダラ続いた思い出があるので、なみだちゃんも、ものすごく酷そうには見えないですが、ずっとパッとしないままなので、しばらく療養した方がいいと思い(注射はその後、強い薬も1回使って、それでも変わらなかったので、注射はもう止めて)、ハッチに戻ることにしました。
そして、
なみだちゃんは、しばらく、電気ヒーターで暖めていましたが、
ハッチに戻ってから、どんどん防寒対策が強化されて、心配でしたが、
なみだちゃんが抜けたチームは、みんなマイペースなので、
先週は、婦人部で、町内の加工センターでパン作りがあり、朝と夕方の仕事の合間に、窓のない作業部屋で立ちっぱなしは、ややハードでしたが、大変に美味しいパンを1人60個くらいもらえたので、親方と大変に美味しい母さんたちのホットミルクと共にいただいたりして、数日、パンばかり食べていました。
先週は、婦人部で、町内の加工センターでパン作りがあり、朝と夕方の仕事の合間に、窓のない作業部屋で立ちっぱなしは、ややハードでしたが、大変に美味しいパンを1人60個くらいもらえたので、親方と大変に美味しい母さんたちのホットミルクと共にいただいたりして、数日、パンばかり食べていました。
戻り、
日曜日は、高野お父さんの5年目の命日で、お寺さんがお参りに来るので、仕事の後準備をして、お昼前に親方と待っている時、たまたま見ていたテレビで、5万人に1人だという難病の女性が、辛いことも勇気を出して、周りの方々と共に乗り越えて、前向きに生きている姿に、私は涙と鼻水を拭きっぱなしでしたが、高野お父さんお母さんの旅立ちにも一切泣かなかった親方まで、両目から涙が流れていたので、まさに鬼の目にも涙だと、二人で笑ってしまいました。







































