きた。ついに本郷キャンパスでの初授業。

朝から何もかもが違った。


家を出る時間が違う。

なんと朝7時20分。外の空気がしっとりと冷たい。まだ微妙に薄暗く、いかにも早朝!って感じだ。


電車が違う。

今までは京王井の頭線で渋谷に向かっていたのが、今日は途中で乗り換え。京王本線に乗って新宿へ。


電車の込み具合が違う。

朝7時半だ。こんなバカっぱやい時間でも、東京都民はもう都心へ向かっていた。もうね、混む混む。ハンパない。

人の圧力で傘はたわみ、バッグは力を入れずとも空中に固定され、立っている人はみんな足場を確保することもままならない状態で、慣性力の実験室になった車内で右に左に前に後にと上半身だけが動く。座っている人は特権階級。現代の貴族だ。彼らはグラグラ揺れ動く僕らを尻目に優雅に本を読み、優雅に音楽を聴き、優雅に寝ている。


新宿西口地下広場がいつもと違う。

怖い!怖いよ!マトリックスのスミスを思い出した。スーツ着た人がぞろぞろぞろぞろ・・・・・・。彼らは余所見もせず、お互いにぶつからないようによけあいながら、目はしっかりと正面を向いている。規則正しく、力強く歩いている。超高層オフィスビルのコンプレックスに向かって歩く彼らを見て、経済を回すのは彼らなのだと半ば本能的に感じた。


都営大江戸線が違う・・・・・・いや、ここはいつもどおりか。

都営大江戸線、朝8時過ぎというラッシュの時間帯にもかかわらず新宿西口駅に入ってきた電車の席が半分以上空いているってどういうこと?東京メトロが都営線との合併話を拒むくらいに採算とれてないと聞いてはいたが、ここまで空いているとは知らなんだ。本郷三丁目駅まで15分間、快適だった。


教室のグレードが違う。

見ろ!駒場の講義棟がゴミのようだ・・・・・・!

教室は昨年の夏か秋くらいに竣工した建物の中。防音性は極めて高く、次の薬学部の建物をすぐ横でガチャガチャ作っているのに、建物の中に外の音はしない。空港みたいだ。言葉でいうなら、シー・・・・・・ン、って感じ。うーん。よく言い表せない。


先生たち・事務の人たちが違う。

先生たちは総じて「いい人」オーラが出ている人ばかりだ。みんな仲良くなることは大事だよ、と諭された。

先生たちも感じがすごくいいんだけど、印象に残ったのは教務課。

2人しかいないんだけど、むちゃくちゃ面倒見てくれる。二人ともやさしいおじさんだ。

マスオさんのように、かつて薬学部を見学していた人には進学内定お祝いメールをくれるし、授業変更、休講情報、試験情報なんかはメールでお知らせしてくれるし、レポートは正午に締め切って、その後、全員がちゃんと出したかチェックして、出てない人にはお知らせしてくれる。他いろいろ。

見ろ!駒場の教務課が(以下略)!

駒場の人は、想像できない!とか、作り話はよせ!と思うだろう。

でもこれホントの話。感動した。


先輩たちが違う?違うっていうか、なんかすっごく頑張ってた。

どうやら学年約90人の中から幹事を決めないといけないらしい。

薬友会の学年幹事、バスケ幹事、バレー幹事、サッカー幹事、ソフトボール幹事、パ長、シケ長・・・・・・ってどれだけあるんだ!?

薬友会の水上運動大会関連の幹事1人しか決まらなくて先輩たちは不満げだったけど、それはきっと初本郷だからだよ。そんなにいろいろ考える余裕ない。さて。僕は何をしようかな・・・・・・。

学部でスキー旅行もある。内定おめでとうコンパもある。運動会は陸上水上の年2回だ。学期ごとに研究室対抗バスケ大会みたいなのもあるらしい。

親睦行事はもりだくさんだ。早く友達を増やさねば。


学食が違う。

なんでこんなにいっぱいあるの?ってぐらいいろんなところにいろんな学食が点在している。浅野地区、弥生地区を含めると、食堂パンショップあわせて6箇所以上ある。多いわー。

サークルでいつも食べているように、安田講堂の地下にある防空壕のような中央食堂で赤門ラーメンを食べた。やっぱこれ。最高。でもね、人多い。席も多いし、回転がやたら速いから大丈夫だけど。本郷生は学食で居座っておしゃべりなんていうことはしないようだ。駒場とのレベルの違いを感じた。


学校が終わる時間が違う。

なんと60分授業。3年生からは午後が毎日全部実習・実験になっちゃって、とんでもないことになる。駒場で実験やった人は想像つくよね?

でも今学期は全部授業だから、60分授業が5限になっているのだ。おお!なんと我が母校熊本のK高校よりも授業時間が5分も短いではないか!なんと5限終わる時間は3時40分。学年80人しかいなくてクラス分けしないから、高校に戻った気分だ。授業は生物関連ばっかりで大変だけど。


生協書籍部は違う?いや、駒場とほぼ同じか。

授業後、教科書を買うカネをおろすため安田講堂に向かう際、Zackyと遭遇。一緒に書籍部へ。

Zackyは医学部の棚で、僕は薬学部の棚で本を物色、購入。

本重い。なにこれ。


そして帰宅。朝6時から起きると一日はものすごく長い。

疲れたー。ダラダラと駅から家に歩きつつ、なんか歩きやすいことに気づいた。

「あ、傘がない。」

ビニル傘はすぐ忘れるからと、しっかりした傘を買っておよそ半年。

傘は所詮傘。結局は同じ道をたどるのか。




今学期は暇だ。

どれくらい暇かって言うと、


まず木曜日は休日。

月曜日と火曜日は一日5コマ連続専門の授業。これはさすがにきつそう。でも月曜日と火曜日は60分授業なんだよねー。

水曜日は必修が2コマ。1コマは薬学概論で、これは専門だから出なきゃいけないけど、他方の英語Ⅰはテストで取れればOKだし、テストは授業に出たか出なかったかよりも教科書をどれだけ読み込んだかで点数が決まるので、授業に出る必要はない。

そして金曜日に必修が1コマ。スペイン語一列。出なきゃいけないけど、平均点合格ってシステムにより、前学期の点数が高かったらひっくーい点数でも単位がくる。このシステムは、うちの大学の学生を今まで数多く救済してきたすばらしいセーフティネットだ。

あとは空いたコマに総合科目っていう選択科目をドカドカ入れればいいんだけど、もう必要な単位は揃っちゃってるからいざとなればテストサボっても無問題。ということでここはどうしてもテキトーになる。


以上。(ただし、来学期からは地獄。なんと毎日午後は全部実験。ひええー。)


でもやっぱあんまり暇すぎるんで、今日は2限と3限にも授業を取ろうかねー、って思った。良心の呵責ってやつ?まあそんなこんなで見に行く授業をいくつか選んでたんだけど、起きたら昼の1時。計画はすべてぶち壊しだった。あ"---!でも、最初の1週間はどの授業もガイダンスばっかりだから、来週からきちんと出ればよかろう。そう自分に言い訳した。


んで4限のスペイン語の授業に行く。先生、終わるの早いっす。今日の授業はガイダンスってことで、今後の進め方について説明して、僕らのスペイン語レベルを測るためのテストをやって、50分で終了。

テスト?できませんよ。haber(英語で言うとhave)の現在形の活用って何だっけ。もうそんなレベルだ。点過去線過去、完了形でアウト。どれがどれだか分からなくなってました。2ヶ月の休みってのは恐ろしいなー、と思った。完全に白紙化されてる。1回ぱぱっと復習すればどうせすぐ元の水準にまで回復するからどうでもいいんだけどね。


そしてまた暇になり、生協書籍部へ。

教科書高いよ。高すぎるよ。一冊12300円ってオイ、全頁カラーを白黒にして値段を半分にしてくれ!そう思うのは僕だけじゃないはずだ。安い教科書でも5000~6000円。アカデミックの世界は慢性的にインフレだ。諦めるしかないのか。諭吉の威厳もここでは本2冊分に満たない。切ないねえ。

その点文庫本は安い。非常に良心的だ。今日は『ローマ人の物語』(塩野七生著)の文庫新刊(21,22,23巻)が出てたので、ほか2冊と合わせて5冊買って2600円。すごくお得な気分になる。


そして家に帰る。来週から金曜日はちゃんと起きたいと思う。

今学期は、日ごろの行いがいいからなのか、運がいいのか、木曜日に授業がない。

というか、授業を入れない。


Oh, Happy Day !


バイトは入れずに、本を読んだり、化学とかプログラミングを勉強したり、デイトレードしてみたりして有意義にするぞー。


ながーい夏休みも終わって、今日から冬学期開始。

休みが長すぎて少々退屈気味だったし、長い間クラスメイトとも会っていなかったから学期開始は大歓迎だ。

1限から授業ってのはどうかと思ったけど、専門科目だったからブッチするわけにもいかないんで、ひっ・・・さしぶりに6時前に起きた。いやー、朝ってもうこんなに寒くなってるんだなあ。9月も夏並みに暑かったからまだまだ厚いかなと思いきや、いきなり秋が来た感じ。風邪ひきそうなくらい寒い。


1限は薬学概論。前から5列目という、ビミョーにちょい前寄り気味な位置に座っちゃったから、後ろに誰がいるのかも分からず、俺の前には知らない人が1人しかいないしで、孤独な90分だった。90分長っ・・・!先生は好々爺って感じで良い人っぽかったけど(副学長にこんなこと言っては失礼か)、かなり前の方に座りながらつまらなそうに眠そうに頬杖ついちゃってごめんなさい。内容は面白かったんだけど、やっぱり一人だと先生の話に笑っても切なくなるし、どうしても愛想悪くなってしまう。

授業が終わった後、バレーボールで一緒の班だったAリタさんと弓道サークルの先輩Mスオさんを発見。Aリタさんとは机が間にあったので話もせず、なんとなく挨拶して終了。Mスオさんは友達といたのかな。よく分からんけど、一言二言話していたら、なんと黒板の方に、3倍速く動きそうな真っ赤な格好をした元熊本高校化学部部長Tナガ氏を発見。法学部に行くと言っておきながらフタを開けたら薬学部にいるその進路変更の速さは、まさに赤い彗星の名にふさわしい。そして教室を出たところで、バレーボールで一緒の班だったKトゥーとも遭遇。おお!Kトゥーも薬だったか、バンザーイ!なんだ意外と友達いるじゃないかー。てか、なぜお前がこの授業に出ているんだ理学部化学科内定のMカエ。


2限は英語1。タンク先生。竹弓持ったサークルの先輩N尾さん遭遇。同じ教室か。

タンク先生喋るの速い。何を言ってるか分かんなくても、推測できるようになればOK、とか言ってるけど、夏休みボケした脳にタンク先生の英語は速すぎ。予習も当然していないので、こっちはワークシートの問題を解くために先生の話もそこそこに流して教科書を速読・・・・・・と思ったら横のKナコ嬢がワークシートをとんでもねー爆速処理してて焦った。Ragiとは違うのだよ、Ragiとは!と言ったかどうかは知らないが、レベルの差を感じた。


3限。学食。クラスメイト6人ほどで昼飯。S也がいつものように徹底的に楽するプランを練る。MっちゃんとS也とK-1が同じ学科って、これなんか絶対アレな感じになるよ。たぶん実験みたいなことをやるときはこの3人、名前が近いから同じ班になるのだろう。Mっちゃんが2人によるストレスでノイローゼにならないかが心配だ。いや、逆かな?

OhNo!がKトゥーが薬学部を選んだのは女の子が多いからだよと発表。Kトゥーとはいい友達になれそうだ。


4限。3限の途中で眠かったから学食で突っ伏して寝た。すると起きたら僕一人学食に取り残されているってこれいかに。みんなどこにいるかも分からないのでしぶしぶ家路に。途中でたくとSペーに会うが、2人は忙しいらしい。


家に帰ったら6時から家庭教師。帰ってきてから、松井証券の口座開設申込用紙を書く。


いやー、今日は盛りだくさんだった。やっぱ忙しい方が楽しいもんだと思った。

今日もアマゾンで本を4冊買った。アマゾン、超便利。

ただ、アマゾンばかり利用しているからと言って、既存の書店から足が遠のいたわけでもない。僕自身の考えでは、欲しい本をクリックひとつでピンポイントに探して買いつける方法は、実に視野の狭い方法でもあるからだ。
欲しい本ありきでしか本を買わない、そんな買い方は結局読書量の減少につながると思う。僕は本屋に用もないのに足を運び、本をアトランダムに見てまわることがよくある。なぜか。それは本屋には本との出会いがあるからだ。偶然の出会いから僕の本棚に収められることになった本は多い。今の本棚には西欧の古典の訳から、時事論、政治経済株についての本や、歴史の本、How to本、専門分野に近い内容の本(教科書以外にほとんどないことに自分でもビックリ)と、まったく関連性のない本が並んでいる。これはひとえに、僕と本との出会いに、僕の興味と言うバイアスがある程度かかってはいるとはいえ、ランダムネスが大きく作用しているからだと思っている。
アマゾンで本を買うと、その本に関連している本も紹介してくれるが、どうしても似た分野に限られてしまう。やはり本屋でいろいろ手に取り物色してこそ、読書の幅は広がるものだ。

そんなわけで、アマゾンが書店の補完的な役割に留まっている現状は維持されるべきだと考えている。テレビの討論番組や本の中で興味を持った識者の著書を探したり、本屋になかなか置いていない本を注文する分には、アマゾンはすこぶる都合がよい。ただ、アマゾンが大きくなりすぎて、既存の書店の売り上げ、ひいては経営までを圧迫するまでになってしまうことには、そもそもアマゾンがそこまでなりうるかどうかは僕には定かではないが、避けるべきだと思う。

これはアマゾンの本の例に限ったことではない。本以外でも同じことが言える。アマゾンが本の他に扱う商品でもそうだし、アマゾン以外の楽天市場が扱う多種多様な商品でもそうだ。当然のことだが、どの商品でも、やはり店頭に行って直に触れてみることが大切だ。
画面では伝わる情報量が少ない。画面は所詮2次元だから、2次元の活字情報を扱う本や雑誌はまだいいにしても、立体形状を持つ商品に関する情報を提供するには不完全な媒体だという他ない。通信販売も同様だ。そんな少ない情報を元に、限られた自分の財を消費してしまうことは避けたい。
情報があふれるこのご時勢では、あるモノについて誰でも入手できる情報のほかに、それに直に触れたとき自分の内に発する情報(感情・直感)を重視していくことが大事なんじゃないかなあと思っている。
ただ、誰でも入手できる情報を意図的に操作することで後者の情報をある程度操作できるかもしれない。だまされることも考えられるのだ。そういうことがないようにするために、これからは情報判断能力を身につけなければならない。
もう今PCを使っている人たちはもうその能力は当然のように持っている。僕が情報判断能力の涵養を提案するのは小学生以下の子供だ。国数英理社といったディシプリンの他に、家庭科や技術・芸術と同じくらいの扱いで情報判断能力を育てるような授業があればいいなあと思う。嘘くさい話をちゃんと嘘くさいと思える感覚、僕らはいつ身につけただろう。常識に照らすという作業を通してこの感覚に至るのだが、いまや感覚の前提である常識を身につける前にPCで情報を得ることの出来る時代だ。
子供たちに、早い段階からこの感覚を持たせることが要請される日がそのうち来るだろうと予想する。


話があっちいったりこっちいったりでまとまってないけど、アマゾンで本を買いながら、そんなことを考えた。