5月下旬で書籍の方も翻訳会社からの依頼もなくなり、急に暇になりました。それまで毎日忙しくしていたのですが、初めの2~3日は良かったものの、それが過ぎると何だか手持無沙汰で、本を読んだり、食事がてら外をぶらぶら歩いたりして時間を過ごしています。

 

朝ドラ『あんぱん』を毎日見ています。先日、劇中「人間、得手・不得手があるのが当たり前。わざと神様(俺たちを)がそう作ったんだから」というセリフを耳にしてふと思いました。

 

そういえば、以前「登録翻訳者講座(1回目)」を書きましたが、実は2回目にも応募し、その際、私の訳文が取り上げられていました。

 

選者によると、翻訳とは「原文忠実をデフォルトにするのが無難」だということですが、私の訳文はそれとは正反対のものでした。つまり、原文から距離がある訳調とのこと。

 

で、これが絶対ダメかというとそうでもないらしく、むしろ「見出しは全体の中核的なメッセージをよくとらえている」「本文では体言止めが軽快なリズムを生み出している」「イディオムも意識して適切に訳されている」などと評されていました。

 

ただし、スタンスとしてはあくまでも「原文忠実を旨とする」ということなのでしょう。

 

そこで、これまでいろんなところからもらった評価を思い出したのです。

 

実務翻訳の世界では、上記の「原文忠実」が基本ですが、時にクライアントからの要求で、「原文を膨らませても結構」「読者にアピールするような生き生きとした文章を」などと言われることがあり、私が採用されたり、比較的高評価を得た依頼はそうしたのが多かったように感じます。翻訳の分野ではこれを「トランスクリエーション」というようです。

 

実は書籍翻訳でも同様の要求(or指示)が出版社側から出されることが度々あります。具体的には「(特に専門的な知識のない)一般読者にも分かりやすい訳文を心掛けてほしい」「場合に応じて原文をカットしたり、補足説明を加えてください」といった指示が来ます。

 

直近の書籍の場合、その校正や監修の結果をまだ見ていないのではっきりしたことは言えないのですが、私の訳文もきっと場合によっては大幅に削られたりしていることもあると思います。

 

やはり、書籍ですので「売れないと困る」のでしょう。先日担当者から来たメールによると、帯やカバーデザイン、原書にはない小見出し等にも十分時間をかけ会議を重ねて決定していくようです。

 

そう考えれば、実務翻訳のトランスクリエーションと書籍翻訳は似たようなところがあるように思います。つまり、「原文忠実」のみではないということです。

 

ここで、表題の「得手、不得手」に戻りますが、もちろん私も実務翻訳に関しては「原文忠実」を基本にしますが、訳し終わるとなぜかモヤモヤした気分が残るときがあります。

 

トランスクリエーションはある意味「自由」だからでしょうか? でも、それには結構高度な技が必要だと思います。

 

私がどちらに向いているかなんて考えるほどのレベルには達しているとは思いませんが、翻訳の分野でもそうした「得手、不得手」があるのかなと、ふと思った次第です。

 

いずれにしろ、私としては一つ一つの仕事に対して、クライアント側の要求にできるだけ沿うよう注力して仕事をするしかありません。

 

ただ、実務翻訳の方は私の場合、短期なら、「今日(依頼がある時間はバラバラ)、受注。あさって朝一(たいてい9時)納品」というのが当たり前で、長いものでも4~5日くらいで納品するケースが多く、集中力も半端なく必要となります。

 

その点、書籍だと、(ボリュームにもよりますが)ある程度の期間(半年~10カ月程度)がもらえるので、毎日規則的に仕事をする必要はありますが、計画が立てやすく私としてはこちらの方が好きです。

 

ただし、契約にもよりますが、報酬の方(一括払いではありますが)は出版された翌月?だったかと思いますので、結構先の話となります。(実務翻訳の場合、納品の翌月末などが多い)

 

いろいろ書きましたが、現状思うところを書き連ねました。今日もお付き合い下さりありがとうございます。

 

では、また。