周囲の人と接していると、世間が英語の運用能力についてどう思っているのかよく分かります。

 

私が英語を仕事にしていることを知っていて、よくこんなふうに言われる(た)ことがあります。

① 「英語の先生なら英語ペラペラなんでしょ?」

⇒そんな人に対して私が、例えば、If you want to increase your chance of living longer, take exercise. Do whatever......(私が昔暗記した英語教本の一部。よく聞かれるのでそんな時用に頭の中から適当に引っ張り出すのです。なぜかいまだに頭から離れないもので)などと『流ちょうに』話してみると、「へえ~、凄い! で、何て言ったの?」そういう人はきっと自分も「ペラペラ」になりたいのでしょうが、そもそもペラペラになる前に相手の話す内容を聞けないといけないでしょ。

 

② 「翻訳やってるなら、通訳とかもできるんでしょ?」

⇒『通訳と翻訳は別物なんだけど』それに、通訳と言っても、同時通訳→逐次通訳→日常会話程度の通訳などそれぞれに必要なスキルが違うことを話すと、「???」という顔をされます。それで、国際会議の通訳などは集中力の関係で15分ごとに通訳者が入れ替わるとか、事前に何十枚、何百枚もの資料を準備したり関連する語彙集を作成し覚えこんだりする必要がある話をすると、また「???」という顔をされます。

 

要するに、「(翻訳や通訳をするほどの人なら)どんな内容の英語でも簡単に何の準備もしなくてもできる」と思っているのです。

 

そんなことないのにって、いつも思います。

 

そもそも「英語ができる」とはどういうことなのでしょう。昔、中学でwill=be going toだと習ったことがある方もおられるでしょう。これって違うんですよね。あるいは、少なくとも私が知っている中学や高校の英語の先生でも、shopとstoreの違い(例えばflower shop、convenience storeなど)を人に納得できるよう説明できる人は少ないように思います。

 

そういう私も日々格闘の連続です。だから学び続けるのでしょうね。

 

話は少し変わりますが、私も基本的に英語の早期教育には疑問を感じています。今は小学校3年生から英語を学ぶらしいですが、知り合いのお子さんの話を聞くと、小学5年生から評価が導入され、急に文法的?なことも入ってくるとのこと。また、中学校に入ると、以前は横一線でスタートだったのが、すでに英語嫌いの生徒が結構いたり、中学校の先生も生徒がある程度文法を知っている前提で授業を進めるので、何だかちぐはぐな導入になっているような話も聞きます。学校によって違うんでしょうけど・・・

 

そんな話を聞くと、何だかなあという思いになりますショボーン