3月も中旬になるのに、盛大に雪が降った。

庭の沈丁花が香りはじめるには、まだしばらくかかるのか。

この花は、どうしても植えたかった花なのだ。



香りは沈香(じんこう)という香りに似ており、

葉が丁字(ちょうじ)型というわけで沈丁花になったとも。

漢名は「瑞香(ずいこう)」


この頃は毎年、東京目黒に滞在していた。

春の甲子園の高校球児の姿と沈丁花の香りは、

いつもセットで記憶の片隅に浮かぶ。






【春よこい】

淡き光立つ 俄雨(にわかあめ)

いとし面影の沈丁花

溢るる涙の蕾(つぼみ)から

ひとつ ひとつ香り始める


それは それは 空を越えて

やがて やがて 迎えに来る


春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに

愛をくれし君の なつかしき声がする

(松任谷由美)



この曲は、NHKの朝のドラマの主題歌として、

平成6年10月3日~7年9月30日まで、毎朝流れた歌だ。

人々がニュースを見終わった8時15分に全国に、そして神戸でも。


先日、久し振りに聞いたこの歌は、やはり私に震災を思い起こさせた。

必死の毎日が続く、とにかく精一杯な時期、その間にも様々なことが

起きる。

寒い冬の日の朝に起きた地震の日から、大寒の頃を経て沈丁花香る春へ。

それでも、人々は日々の情報をニュースで確認し、その後に流れる

この歌を聞きながら、なお「春」を待ったのだ。暦の上では立春を過ぎても。



「沈丁花 いまだは咲かぬ 葉がくれの
くれなゐ蕾(つぼみ) 匂ひこぼるる」

「沈丁花 みだれて咲ける 森にゆき
わが恋人は 死になむといふ」

九州の歌人、若山牧水は、こんなふうに詠んでいる。




沈丁花の苗木を買ってきて、庭のかどに植えたのは、いつだったか。

花が咲き、甘い香りにひと時、子供時代や若い頃を想い出す、

其れは、まるで時空を超越するスイッチみたいに、

庭の隅で開花の時を、待っている。