これからの時代は、今まで以上にパラダイムシフトが早くなると言われています。

 

スマートフォンが世の中に登場して十年ほど。

 

情報や流通小売りのタッチポイントも移ろって、ユビキタスなんて言ってた時代が大昔のように感じます。

 

東京2020が過ぎた頃には、もう今とはまるで違う景色が開けているのだと思います。

 

次世代移動通信も5Gになり、副業が当たり前になり、リカレント教育が進化して、

 

個人も複数の個性を活かしながらレバレッジを掛けていく。

 

ひとつの企業への帰属意識も薄らいで、ホワイトカラーが担っていた作業的な仕事はAIが担って。

 

貨幣や紙幣も不要になって、金融人材も省力化できるようになります。

 

人は本来の創造的なことに専念して遊び続ければ、これまでと同等のGDPを生み出すことができます。

 

世界で初めて人口減少社会を経験する日本は、一番先に経験値をストックできる優位性を得ます。

 

中国などは、数億人規模の失業を恐れて、全てをAI化せずに人の働き場所を敢えて保留しています。

 

ならば、この分野でも先行できるではないか。

 

実に面白い時代に入ってきたし、その過渡期に人生百年時代の半ばを生きています。

 

医療も、AIも、通信も、モビリティもわずか数年で変化していく面白い時代です。

 

 

例えば、マスコミュニケーションのような古い仕組みの上に成り立っていた

 

アドバタイジングのようなビジネスモデルはもう立ち行かないでしょう。

 

しかし、モチベーションを喚起するためのコトバや写真の世界は普遍的だし、人間かAIか誰かが担わなければなりません。

 

認知と行動を研究しながら、ナッジを利かせてアフォーダンスすることは永遠になくならない技術です。

 

アドバタイジングを極めた人たち、追究してきた人たちこそ、次の世界が求めているのではないかとも思います。

 

これからますます表層では通用しない面白い時代になるといいなと期待しています。

 

本質を見極めることこそ、この世界をもっとファンタスティックな方へ導いていけるのだから。

 

 

 

 

人生百年

テーマ:

あなたが今、思っている成功や幸せが、

 

人生を終える時と違っていることは、有り得ます。

 

ほんとに、それを求めているのか?

 

それが自分の根っこからの本心なのか?

 

人の可能性は、他者との出会いからしか生まれない。

 

 

幸せになりたければ、

 

他者を気にせず自らの足元を掘れ。

 

しかし、そのスコップは他者からしか授かることが出来ない。

 

このことに気付くのに随分時間が掛りました。

 

理論的にはあと40年ほどの余命。

 

元気でやれるのは、よくて15年。

 

だったら後悔しないように、あのやり方をやるのです。

 

これに関しては、勉強も実体験もしてしまったので無敵です。

 

 

せめて、少し距離のできたあの人と、少し時間を共有しておきたい。

 

決して、私も長くはないのだから。

しけとう

テーマ:

しけとうね。

 

博多モンなら絶対言われたくない言葉。

 

男として、人として、つまらない、ダサい、という言葉。

 

九州にはこんな価値観があるからか、

 

人のせいにしたり、横取り割り込みしたり、陰口をたたくような人は少なかった。

 

みんな自分勝手で忖度などしないが、それぞれを尊重するから牽制ややっかみもない。

 

小粒な男を見ると、ほんとうに気色悪そうに、「おまえ、しけとうね」と言い捨てたものだ。

 

意外なのは、関西が忖度文化ということ、東京のほうが骨がある。

 

日和見したいなら、群れて日和見すればいいと思う。

 

例えば、大阪を変えてきた骨のある男たちは、みな地方出身者なのだ。

 

五代にせよ、中馬にせよ、、、なんだ、九州男児かよ。

 

ほんとうに、つまらん話よ。

格差

テーマ:
久しぶりに此の町の
路面電車に乗りました。
お年寄り、働き女性、高校生、サラリーマン、、
みんな静かに乗っています。

足の悪い人が乗って来たときは、近くの人が席を譲りました。
小さな姉弟を連れた母親のときも、親子が一緒に座れるようにと、
向い合わせの席が譲られていました。
乗り合わせた誰もが、自然と人に優しくしながら時間を共有しています。
地方の町に還ると、懐かしいこの感じを思い出します。
町はきれいで、大きな樹木や、世話の行き届いた花壇などがあります。
こんな町で気分よく暮らしています。

大きな街に戻ってみると、また違った様子です。
満員電車に駆け込み乗車する人たちが、先に乗り込んでいた乗客と
体を密着させて押し込まれ互いに不機嫌そうにしています。
あと2分待てば次の電車が来るのに、駆け込み乗車してしまう都会の人たち。
杖の人やベビーカーの母子は、歩くのが遅い邪魔者と言わんばかりに、
あからさまに迷惑顔で睨み付けています。
不快が充満している街で、みんな我慢して暮らしているように見えます。
業務的に備えられたプランター、その中のフラワーポットを持ち帰るおばさん、
疲れる街です。

どちらも知っておいてよかったと思います。

残り時間

好きに生きてきた。

 

好きしかしてこなかった、特段

 

努力も。

 

後悔しようと思えば、いくらでも後悔できる。

 

よかった、と思えば、この上なく満足、

 

今のところ。今まで。

 

どこまで行けるか、こんな調子で。

 

でもね、自分の足元を掘るしかないと思っている。

 

家族も落ち着いて、自分は不安定で、でも自然な感じ。

 

やり直したい過去は無い。

 

全部まるごと納得できるし、全部まるごと受け入れて楽しめてきた。

 

これまでも、そしてこれからも、これでいいのかも。

 

70億分の1。

 

そして、連綿と、こんな調子でやってきたはずの、俺のDNA。

 

全部まるごと納得できるし、全部まるごと受け入れて楽しんでいこうと思う、死ぬまで。

 

家族には感謝、周りのすべてのものに感謝。

 

目の前の人の役に立つことが難しい。

ちょっとした親切をするほどには安くない人件費。

コスト効率を考えると一定の収益が期待できなければ、

客対応も細かいことには構っていられない。

コスト効率を考えると、ちょっとした親切は出来ない。

高コスト体質の大手企業に付け入る隙はここだ。

顧客満足に徹することは、値下合戦よりも効果的だ。

中小ベンチャーは、圧倒的顧客満足にこだわることで

市場を創造することに繋がる。

地方創生

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素朴こそ贅沢。

数字に縛られた薄ら笑いの店員が、
機械的に大量生産したうちのひとつをマニュアル通りに差し出しても
それは只のモノだ。

一方で、数字を気に掛けず、真心で作ったものを提供してくれる店も在る。
たいていは店主の顔の見える個店だ。

もはや大きな組織が提供できるものには
真心を込められない仕組みになっている。

店でも、カフェでも、病院でも、図書館でも。。
もう大きな組織では駄目だ。

もし、
心のこもった商品やサービスを受けたければ、地方に行くことだ。
もし、心を込めて仕事したかったら、地方に行くことだ。

一日が終わる頃を、どう過ごせばいいのか。

そんな大切なことも分かってきました。

ちょっとずつ獲得してきた人生のヒミツ、若者から見たら魔法に見えるかも。

 

ちっとも釣れない私をよそに、同じような場所で次々と釣果を上げる

ちょっと歳上の兄ちゃん。ちょっとした、でも要所みたいなコツ。

経験値ともいえるコツを重ねると面白いように釣れるようになる。

 

ちょっとずつ頭を打っては、ちょっとずつ巧くなった。

さらに技巧を超えて、本当の面白さも分かってきた。

 

これからが収穫期なのかな。

 

みんな運転がメチャクチャうまいくせに、

さらにドライビングテクニックを磨いています。

 

すごいクルマに乗っていて、なお最新パーツを装備します。

 

体力が続く限り前を向いて

ハンドルを握り、アクセルを踏み込んで。

 

驚くことに、彼らの大半が行先を知らない。

まるでこの国のように。