派手で有名な関西の街に、着のみ着のままの被災者が

目立つようになってきた。

リュックを背負い、両手に多くの食料やポリタンクを下げている。

百貨店やスーパーからパンやおにぎりなど、加工の要らない食品が

消えた。


死者数は、4,000名を超えてしまった。

地震から三日目。

爆発を伴う火災がいまだに各地で発生している。

「よく生きてたなぁ」

それが彼等の挨拶代わりだ。




..もったいない。

昨今、あまり聞かれない言葉だが、

子供の頃は、おいしいお菓子や好きなおもちゃは

大事に大事にしたものだ。

感謝と喜びをもう一度、考えよう。


1995年1月19日から20日に変わる頃、

日記に僕は、そう記している。


ラジオ、電池、懐中電灯、乾パン、歯磨き粉、ナプキン

ウェットティッシュ、ミネラルウォーター、ホカロン、

毛布、医薬品..

案外冷静に、みんなに必要そうなものを買い揃えることを意識した

余震の続く震災三日目の未明。