来週末の「和賀江嶋史跡保全・清掃50回記念」イベントに向けて、記念品のタオルの納入受入れや、横断幕の準備などを材木座公会堂でしていると、材自連会長の鈴木さんがやってきて、「鎌倉アカデミアの創立80周年記念祭がある」ということで、チラシをいただきました。後日回覧いたしますが、ここにも置いておきます。

 

 

以下の朝日新聞の記事(70周年時のもの)によると、第2次世界大戦後の1946年に光明寺の開山堂(現在改修工事中)を教室にして開校した「鎌倉大学校」があったそうです。鎌倉に大学ができていたんですね~。

 

「痛切な戦争体験を踏まえ、新しい国をつくる」という思いから作られた大学で、立ち上げ母体となったのは「鎌倉文化会」という団体。鎌倉在住の画家や演劇家が属していたそうです。軍国主義への反省から、「自分の頭で考える人間づくりが必要」ということで、設立準備委員は7人。うち4人は自治(町内)会長だったとか。「当時の自治会長たちは、視点が高かったな。」と身の引き締まる思いがします。

 

特に「自分の頭で考える人間づくり」というのは、人工知能(AI)の進化が著しく、テクノロジーの進歩に法整備が追い付かない現代において、「前例やルールがないと判断できない人間ではAIに使われるだけ。人間が持つ普遍的な倫理観や論理思考、歴史観、セレンディピティ受容性、クリエイティビティ、哲学的発想力などによって、AI時代にも地に足の着いた(人間本位の)判断軸を持つ」という考え方に通底するものがあります。

 

その運営は多難だったそうで、制度が変わりお寺を宗教活動以外に使えなくなったことなどから、大船の旧海軍施設に移ったものの、正式な「大学」と認められないとして「鎌倉アカデミア」と改称したそうです。それでも財政面等で自立できず、1950年秋に閉校に追い込まれたそうです。とても残念です。現代まで続いていたら、これからの「先が読みにくい時代」の指針を示せる組織になっていたかもしれませんね。

 

そんな「鎌倉アカデミア」の歴史を知ると、他人事とは思えなくなってきました(笑)。記念祭の日時は6月13日(土)午後で例大祭の宵宮祭の直前。時間的にはかなりタイトですが(もっとお互い連絡とって、参加しやすくして~)、ちょっとでも参加できたら良いな、と思っています。先人たちの思いに触れ、これからを考える良い機会かもしれません。

 

 

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 東水会 自治会長 

 菅野