ニコルちゃんの「いいね」マーク | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 先月の終わりに新しい仕事をいただいたのだが、一旦は参加したものの、諸般の事情で急遽不参加になった。

 この仕事では実はよくある事態なのだが、それはさておき、不参加になったので今は仕事がなく、毎日飛行機模型を作って暮らしている。これで次の仕事の依頼がなかなか来なければ、よく言えば長期休暇、悪く言えば無職、である。

 

 そんな中、数日前のクリスマス・イブの日からずっと気になっていた事があった。

 「デジモンゴーストゲーム」の仕事をしていた時に、メインキャラの一人の女子中学生がインフルエンサーであるという設定で、しかし「インフルエンサーとは実際に何ぞや」という事がよくわからなかった私は、それでは脚本が書けないので自分でインスタを始め、今でも続けている。

 以前の記事にも書いたが、私がフォローしている様々なアカウントの中に、ニコルちゃんというウクライナの6歳の女の子のものがあり(アカウントの管理はお母さん)、彼女はお母さん、お兄ちゃんとともにスペインに避難したままずっとそこで暮らしていて、元気に遊んでいる姿をお母さんが画像や動画にして投稿している。

 昨年のクリスマスイブに彼女の「メリークリスマス」という投稿があったので私はそれに英語で「ニコルちゃん、メリークリスマス。あなたとあなたのご家族、そしてウクライナに一日も早く平和がやってきますように」とコメントした。彼女から(多分お母さんの代筆か本人がお母さんから教えてもらいながら書いたかどちらか)、「サンキュー、ミスター」という返信とともに「いいね」のハートマークが来た。

 

 ところが、今年はクリスマスイブどころかクリスマスを過ぎてもなかなか彼女の投稿がなく、なにしろウクライナから避難している一家なので「まさかとは思うけどもしや……」などと気を揉んでいた。仮にウクライナに残っている彼女の親族か知り合いに不幸があって投稿どころではないのだとしたらと、どうしても嫌な想像にとらわれてしまい、毎日「どうしたんだろう」と思いながら過ごしていたのだ。

 きのうようやくストーリーズに投稿があり、日頃の元気な姿と大きなクリスマスツリーの横に立って笑っている画像があった。

 私はホッとして、「メリー・クリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー、ニコル」というコメントを送った。

 すると、すぐに彼女から私のコメントに「いいね」のハートマークの返信が来たのでなおさらホッとした……。

 

 今年はウクライナのみならず、パレスチナ自治区を実効支配しているハマスによる突然のイスラエルへの攻撃により、パレスチナとイスラエルが全面戦争に突入してしまった。連日目をそむけたくなるような現地からの映像が報道され、しかもイスラエルのネタニヤフ首相はあくまでハマス殲滅を掲げて停戦の意思を示さず、近頃ではハマスに賛同しているイエメンのフーシ派が、紅海を航行するイスラエル関係の民間船舶に対してミサイル攻撃まで始める始末で、実に嫌な連鎖が生まれつつある。

 

 これも以前に書いた事があるが、戦争=負ととらえた場合、その「負」は「連鎖」する。そしてその連鎖の鎖はとても強固で容易には断ち切れない。しかしその記事を書いた時は、時間的な連鎖、つまり、一度戦禍を交えてしまった二国間では、仮に戦争が終わってもその後いつまでもこの「負」の状態は残り、それが火種としてくすぶり続け、また次の戦争の引き金になる事がままある、という意味で書いた。これが断ち切れない戦争の「負の連鎖」である。

 

 ところが。

 以下はあくまで私見で異論もおありかと思うので、それをご了承の上でお読みいただきたいのだが……。

 今回は、こうした時間的な負の連鎖ではなく、現在進行形の負の連鎖、いや、「連鎖」というより「負の拡散」が起きている気がしてならない。

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が長期化する中で、ハマスによるイスラエルへの突然の奇襲が発生した(だがあれは、長年に渡ってパレスチナ自治区を強引に我が物にしようとしてきたイスラエルと、その強引な施策に苦しめられ続けてきたパレスチナ自治区との、ずっとくすぶっていた双方の憎悪が遂にはち切れんばかりに爆発した、という側面も大きい)。

 すると今度は、パレスチナに賛同、という以上に「イスラエル憎し」という他国の組織が共鳴し、上記のようなフーシ派による民間貨物船に対する攻撃という暴挙を誘発する。これは明らかに「負の拡散」であり、あたかも新型ウイルスの如く「戦争という名のウイルス」の拡散が始まっているのではないか。

 私は確かな情報を持っていないので以下は推測に過ぎないが、もしかすると、ハマスがこの時勢でイスラエルを攻撃した背景には、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻がその引き金としてあったのではないだろうか。

 言い方は稚拙だが、平たく言えば「ロシアだって公然と侵略戦争をやってる。オレたちも積年の恨みをイスラエルにぶつけちゃえ。だってロシアだって平気で『戦争』を始めたじゃないか」という意識があったような気がするのだ。ハマスとて、イスラエルにあれほどの奇襲を仕掛けたらどんな事態を招くかわかっていたはずである。にも関わらず彼らはあえてそれを強行した。いや、もしかすると何らかの勝算があったのかもしれないが、仮にあったとしても現実にはそうはいかず、イスラエル側の強烈な反撃を受けてしまい、今またこの戦争も出口の見えない長期化の様相を呈し始めている。

 やっている事がロシアと変わらない。

 ロシアの軍事侵攻そのものの長期化にしてもその影響は大きく、ウクライナの隣国のいくつかは自国の身を守るためにEUへの加盟を急ぎ始めていると聞くし、その場合、もしウクライナがロシアに完全制圧されてしまったら、今度はそれら隣国にまで魔の手を伸ばす可能性も捨てきれない。ソ連時代に自国だった、しかし今は独立している近隣諸国がEUに加盟するなどロシア(というよりプーチン大統領)にとってはとんでもない話で、それを潰しにかかるのは火を見るより明らかだからだ。

 もしそうなれば、これもまた「負の拡散」以外の何ものでもない。

 

 一体、人類はいつまでこうした愚行を繰り返すのか。

 かつてヒトラーがポーランドに軍事侵攻し、それに端を発して第二次世界大戦が勃発した。

 そうした国際情勢の中で、日本軍の真珠湾への奇襲が引き金となってそれまでヨーロッパ戦線への参戦をのらりくらりとかわしていたアメリカも一気に戦争に突入し、あの戦争はさらに全世界を巻き込む規模で拡散していった。

 今回も、ロシアの侵攻に端を発し、(もし私の推測がある程度当たっているのなら)それに触発されたハマスがイスラエルに奇襲を仕掛け、戦争は拡散した。そしてハマスに共鳴する他勢力も実にきな臭い動きをし始めている。

 こうして昔も今も、戦争とは「拡散」していくものなのかもしれない。

 第二次大戦後の長い間は、米ソの冷戦が続いたという事情や、アメリカが様々な発展途上国の紛争を「世界の警察だ」と言い張り、その実「隠れ植民地化」のような状態で無理矢理抑えこんでいたので、長らく今回のような大規模な戦争はなかったように思う。中東戦争やベトナム戦争も大きな戦争ではあったものの、あれらは「拡散」ではなく、いずれも当事国同士の利害衝突や相容れない思想、ベトナムなら「ベトナムの共産化を何としても阻止したいアメリカ」という文脈の中から生まれてしまった戦争で(と、私は理解している)、いずれも「どこかの戦争に触発されたから」という拡散型ではなかった気がする。

 

 ところがロシアの軍事侵攻以来、どうもこの、唾棄すべき『負の拡散』が再び始まっているのではないか、そんな気がしてならない。

 あくまで『気がする』というだけなので、私の杞憂に終わればもちろんその方がいいに決まっているのだが、それぞれの戦争がどうも長期化しそうな気配なのが嫌な感じなのである。

 もしそうだとしたら、よく、同じ失敗を繰り返す人物をさして「学習能力がない」などと言うが、人物どころか、人類そのものに「学習能力がない」と言われても仕方がない。

 それほど、今回の「負の拡散」は馬鹿げているし、信じられない数の民間人が悲惨な巻き添えになっている点も決して看過できないし、様々な事情から国際社会がこれらの事態を前に手をこまねいている(私の目にはそうとしか見えない)点も、ひどいものである。様々な当事国政府や関連国政府の人々はおそらく口を揃えて「そう簡単にはいかない」と言うのだろうが、「そう簡単にはいかない」で、スペインに避難したままのニコルちゃん一家や、ガザ地区の病院に避難したにも関わらずイスラエル軍の攻撃で命を失った大勢の民間の人々の苦しみ、そうした悲劇をこれ以上先伸ばしする事など絶対に許されない。

 

 ニコルちゃんのクリスマスの投稿がなかったここ数日の間、そんな事をぐるぐると考えながら過ごした。

 

 当事国は勿論だが、国際社会は全力をあげて、いや、それ以上に死に物狂いになってあらゆる戦争を即時停戦に持っていなかなければならない。

 

 極東のちっぽけなシナリオライターである私がブログでこんな事を力説しても何の力もないのは承知しているが、それでも言わずにいられない。

 

 「即時停戦の実現による、人類の学習能力の復活」

 

 それ以外に道はない、と思っている。