Back in the U.S.S.R. | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 突然だが……。

 数ヶ月前、私のインスタをフォローしている旨の通知が来て、非公開ではなかったのでご本人のプロフィールを見てみたら、何と5才の外国人の女の子だった。

 名前はニコルちゃん、お母さんと少し年上のお兄ちゃんと一緒にウクライナからスペインに避難している最中で、スペインから数日に一度自分の遊んでいる写真をUPして発信している。プロフィールに、まるで芸能人のように「プロフィール・マネージャー=ママ」と書かれているのが微笑ましいが、しかし痛々しくもある(パパの事が一切書かれていないのだ)。

 クリスマス・イブに彼女が「メリークリスマス」という見出しとともに、スペインの柔らかな陽光の下で笑っている写真を投稿していた。私は初めて、「メリークリスマルス、ニコル」という英語とともに、ウクライナの国旗の絵文字を二つと、その他にクリスマスケーキやクラッカーの絵文字も何個かつけてコメントを送った。

 すると、きのう、彼女からこのコメントに対して「いいね」の返信が来た。

 たったそれだけの事だが、涙が出そうになった。

 

 話は変わるが(ほんとは変わらないのだが)、このブログの16年8月11日の記事に『プーチン殿、体操、ご覧になりましたか?』という、私からプーチン大統領に当てた架空の手紙という形式の文章がある。

 リオデジャネイロ・オリンピックの最中で、体操競技でメダル争いをした日本の内村航平選手と、ウクライナのベルニャエフ選手が、手を取り合い互いの健闘を讃えあったのをあなたは見たか?という内容だった。この時既にロシアはあろう事か、既にれっきとした独立国である隣国ウクライナのクリミア地方を、何だかんだと言いがかりをつけて強引に併合してしまった後だった。しかし、オリンピックでウクライナのベルニャエフ選手は大健闘し、日本のエース内村航平選手と正に死闘を演じ僅差で敗れた。

 にも関わらず、二人のこの姿は世界的に話題になったし、私はその前からプーチン政権のクリミア併合に対して怒り心頭に発していたので、そうした記事を書いた。「世界はこの二人のようでなければいけないのではないか?」という意味をこめて。

 

 これも話が変わるようでいて変わらないのだが。

 きのうNHK(BSだったと思うのだが)で放送されたプーチン大統領のドキュメント番組を見ていたら、彼の出生時の状況が紹介されていて、彼は街を襲撃した当時のドイツ軍とソ連軍の激戦の中、その攻撃の影響で最早死ぬ寸前だった母親から生まれ、彼の母は出産直後に亡くなったのだという。父も同じ時にその攻撃で死に、彼は両親なしで育ったのだと……。

 今までこれは知らなかった。私は、ドキュメントはそれがどんなに優秀なもので「真実を描いた」とされていても、必ず作り手のフィルターがかかるから、必ず意図的に「話半分」の気分で見る事にしている。しかし、彼のこの壮絶な出生についてはどう考えても事実だろうから、ならば、一人の人間の生まれ方としてこれほど過酷なものはない。

 しかし、番組では、後にプーチン少年が「スパイ・ゾルゲ」の映画を観た事でスパイに憧れ、やがてソ連のKGBに入り、その後はソ連邦崩壊後の混乱を乗り切りながら当時のエリツィン大統領に見いだされ、遂に大統領になった事を時系列を追って描いていた(この辺りがドキュメントの難しいところで、これは決して非難ではないのだが、どうしても彼が『悪の人生』を突き進んでいるかのようなナレーションがついてしまい、そこが私が「ドキュメントは話半分で見る」という所以)。

 彼の今日までの足跡は世界中が知っているからいいとして、この、戦禍の中、死に際の母親から奇跡的に生まれた男が、やがて一国の大統領になり、隣国ウクライナに対して侵略に及び、おびたたじい犠牲者を出す事になるとは、何とも曰く言いがたい。

 そして、個人的に常々思っていた事がある。

 『プーチンは何故それほどウクライナが欲しいのか』という問いが、この戦争が始まって以来あちこちで言われていて、当初私は、クリミアにロシア軍の軍港・セヴァストポリ海軍基地があり、元々ソ連の「クリミア地方」だった頃はよかったものの、ウクライナが独立したためにロシアの軍港が他国の領土に存在する事になってしまい、ロシアは便宜上『クリミアの港を自国軍の軍港としてお借りしている』という変な状態になり、いずれ取り戻したいと考えていたのではないか、そう思っていた。

 さらに、今年の2月のロシアのウクライナへの侵攻が始まった時、これはつまりクリミアのケースの拡大版で、ロシアは肥沃な穀倉地帯であるウクライナを軍港同様完全に自由にできる自国領土にしたいのではないか、などとも思った。プーチン大統領からすれば、元々ウクライナは「偉大なるソビエト連邦の一地方」に過ぎず、もしかするとその感覚は今でも取れずに、「奪い取る」というよりは「取り戻す」という歪んだ解釈で自分を正当化しているのではないかと。

 だが、ゼレンスキー大統領の世界に対する必死の呼びかけと、ウクライナの人々の抵抗によって戦争は当初のプーチン大統領の思惑を大きく外れ、長期戦の様相を呈してきた。

 このような事態になった頃(今年の夏くらいだっただろうか)、私は別の考えを持つようになった。

『もしかすると、プーチン大統領は、このウクライナ戦争をきっかけに、さらに領土を拡大して、かつてのソビエト連邦=U.S.S.Rを復活させたいのではないか』

 もしそうならとんでもない話だし、世界の様々な人々が言っているように、およそ21世紀に一国の指導者がやるような事ではない。ただ、考えてみれば、中国だって社会主義体制は頑として崩さないまま、しかし経済は資本主義的経済への移行に成功したお陰で何とGDP世界第2位まで上り詰めた。そうした実例がある以上、プーチン大統領が、今さら社会主義に逆戻りしないにしても、社会主義的管理国家体制を維持しながら経済面では中国のようにうまくやればよいではないかと考えても不思議ではない。その上、ロシアは天然ガスという、実はその効力では核兵器にも匹敵し得る巨大な資産を持っている。これを最大限利用すれば、世界各国におおいに揺さぶりをかける事は可能だし、現に今、プーチン大統領が始めた戦争の影響で世界の物価は高騰を続け、世界全体が大変な事態に陥っている。

「ウクライナが屈服して戦争が終われば、ちゃんと天然ガスはお売りしますよ」

 彼がいかにも言いそうな言葉である。

 

 ビートルズの歌の中で私が一番好きなのが、タイトルにした『Back in the U.S.S.R.』である。単純に曲のノリの良さが昔から好きなのだが、この歌の歌詞は、ソ連のスパイが帰国してホッとしている様を、当時のソ連を皮肉る形で書かれている。

『Back in the U.S.S.R』

 もし、元KGBというソ連の情報収集機関(という名目の官製スパイ組織)出身のプーチン大統領が、今は便宜上自国を「偉大なるロシア」などと言ってはいるものの、本音は「偉大なるソ連」で、かつてのソ連邦を何としても復活させたい、ウクライナ侵攻はその第一歩に過ぎないくらいに考えているとしたらどうだろう。

 これは単に私の素人考えに過ぎないし、そうならなければそれにこした事がないのは当然だが、本気で彼がそう思っているのだとしたら、最早正気の沙汰とは思えない。

 

 仮にそんな機会があるとして、彼があのスペインに避難しているニコルちゃんに事実を説明せざるを得ない時がやってきたとする。

 その時、彼は何と説明するつもりなのだろう。

「あなたの国は、そのうち新生ソ連邦という偉大な国家の一部になるんだよ」

 とでも言う気なのだろうか。

 言いかねないところが、何とも度しがたい……。

 

 私のどうでもいいインスタを避難先のスペインからフォローしてくれて、「いいね」まで送ってくれたウクライナのニコルちゃん。

 

 君と君の家族のために、また全てのウクライナの人々のために、一国も早くプーチン大統領の『Back in the U.S.S.R.』なる妄想が冷めますように(もしそんな妄想を抱いているとすればだが)。

 

 ポールよ、チャンスがあれば直接プーチン大統領に会って、

「オレはそんなつもりであの歌詞を書いたんじゃねえ!」

 と言ってやってくれ。

 

 年末にニコルちゃんとウクライナの人々の無事を祈りつつ。

 

                    文責 十川誠志