電脳古代人、ホロリとす | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

「これ、ちょうだい」

「どうぞ」

 同居女子のところにもらわれていったのが、上の写真のマウスである。

 先月まで使っていた旧PCのもので、私には不要になった。彼女はいつも自分のノートとタブレットを使っているのだが、これまでノート用のマウスは持っておらず、「あればやっぱり便利だ」と思ったのだそうで、そういう事になった。

 

 今日、その旧PCを引き取りに来てもらった。

 私は初めて買ったのが富士通のデスクトップで、以来買い換えの時はずっと同じメーカーで通している。ノートに買えないのは、以前にも書いたが、キーボードのタッチ感、ただその一点のみが理由である。

 ノートPCのあの、ぺらぺらした紙のようなキーがどうにも苦手で、調子が狂って露骨に変な脚本に仕上がってしまう。デスクトップのキーの、昔ながらの反動のあるタッチでないとどうにも脚本が書けないのだ。

 それに、外のカフェ等で脚本を書くなどという洒落たマネもまずしないから、いまだにデスクトップで事足りている。

 

 PCの買い換えの時は、いつも古くなったPCの処分に困ってきた。

 それがひどい事に、これまでどうやって処分していたのかよく覚えていないのだ。

 今回も、「あれ?そういえばどうしてたっけな」と思い、かなり真剣に考えたのだが思い出せない。さすがに個人情報の塊のようなものを、いくら初期化したとしてもゴミの日に出すはずがないから、何だかんだと処分はしていたのだろう。

 

 今回も「さて、どうしよう」と考え込んだ。

 先日今の新型を買った時、その家電量販店で聞いてみると、「最大5000円でウチ(量販店)が買い取らせていただきます」と言われ、それ用のクーポン券をくれた。

 ただ、正常に稼働する事、自分で店頭まで持っていく事などなど条件があり、挙句「あくまで『最大5000円』で、買い取る時には状態を見させてもらい、見積もりをお出しします」という話だったから、結局あきらめた。

 状態は悪くはないのだが(ちょっとだけモニターがちらちらする程度で)、何しろデスクトップだから店頭まで持っていくのが億劫である。結構重いしかさばるし、どう考えてもタクシーを利用しなければならず、5000円からタクシー代を引き、さらに何やかやと引かれると多分そんなに残らない。それに、私としてはお金が欲しい訳ではなく、「とにかく誰かが家まで取りに来てくれて、どこかに持っていてくれ、安全確実に処分してくれさえすればよい」のである。

 

 調べてみると、富士通に「旧PC引き取りサービス」なるものがあるのがわかった。

 富士通のそれ専用のサイトから申し込む事ができる。

 説明を読んだらたいそう便利なので、申し込んでみた。

 適用されるのは、2003年以降に発売され、「PCマーク」(エコ・リサイクルの回収が可能ですよ、というマーク)がついているもの。

 私の旧型は2010年に買ったものだから、ついていた。

 申し込みから二、三日で、富士通から自宅に封書が届く。中には「パソコン引き取りまでの手順」と書かれた解説書と、「エコゆうパック専用伝票」というのが入っている。後は伝票に書かれている自宅の最寄りの郵便局に電話をして、取りに来てもらうのを待てばよい。梱包も簡単なもので、半透明の普通のゴミ袋に入れればよいのだ。

 今日の正午に郵便局に電話してみたら、午後三時から五時の間には回収に来てくれるという。私は数日はかかるものだとばかり思っていたので、慌てて袋にPC本体とキーボード、それに接続コードを入れた。ちなみに、本体以外は一緒に処分してもしなくても自由である。なので、上記写真のマウスくんだけはリサイクルを免れた訳だ。

 そしてこの行程の間、料金は一切かからない。

 

 ところが。

 「ああ。これでひと安心」と思いながらインド映画を見、一服してもう一度説明書を何となく見てみると、こう書かれている。

 『リサイクル工場到着後、ハードディスクを物理的に廃棄する方法によって、データの消去を行います』

「え……」

 同居女子がやってきて説明書を覗き込み、「どうしたの?」と聞いた。

「もうすぐゆうパックが来て、古いのを持っていくんだ」

「そう。よかったね。『処分どうしよう』って困ってたでしょ」

「それはそうなんだが……」

「なに」

 私は、説明書に書かれている廃棄方法を読んできかせた。

「へえ」

 彼女の反応はそれしかない。だが、私はちょっと暗い顔つきになっていたと思う。

 こう言った。

「これって、つまりプレス機か何かでPCをぶっ潰すって意味だよな。『物理的に廃棄する』って書いてあるんだから」

「でしょ。それがどうかした?」

「ちょっとかわいそうな気がしてきた」

「は?」

 思えば、五年の長きに渡り、私と苦楽をともにしたPCである。

 数々の脚本を書き、彼(旧PC)のお陰で生計を立て、メールを受け取り、送り、その他様々な事を私に代わってせっせとこなしてくれた「彼」な訳である。このブログだって立ち上げた時はまだ「彼」だった。

 その「彼」が、確かに情報セキュリティの上では完璧な方法とはいえ、リサイクル工場に運ばれて、一撃でぺしゃんこ、またはバラバラになるのである。「感情過多」と言われても仕方がないが、どうも気の毒になってくる。

 そう説明すると、同居女子が言った。

「言われてみれば……ちょっとかわいそうかも。でも、しょうがないじゃん」

「まあね。しょうがないのはわかってるんだが」

「記念に写真、撮っとこうか」

「よせ。そんな写真が残ってたら、後でたまたま見たりしたら余計かわいそうになるじゃないか。しかももうゴミ袋に入ってるんだぞ。こんなの写真にしたら、何だか遺影みたいだ。撮らなくていいよ」

「『遺影』って。そんな大袈裟な」

「そうなんだけどさ」

「ま、確かにそうか……わかった。ま、マウスくんだけは家に残る訳だし、それでよしとすれば?じゃね、バイバイ」

 彼女はそう言って、ゴミ袋入りの「彼」に向かって手を振り、自室に戻っていった。

 一人になった私は、そう考えれば考えるほどだんだん感無量になってきて、「彼」をぼんやりと見つめた。勿論、ゴミ袋の中の「彼」は何を言うでもない。だが、何はなくとも感謝の気持ちだけは持たないといけないと、そう漫然と思った。

「じゃあな。長いこと、お疲れさん」

 心の中でそう言っておいた。

 

 エコゆうバックの集配の人は慣れたもので、あっという間に「彼」を持っていった。

 後には、新型に代えて以来「彼」を置いておいた、フローリングのわずかなスペースだけが残された。

 晩ご飯を作りながら、背中側にあるその場所がちょっとだけ気になったりした。

 

 今の若い人たちは、こういう時どう思うのだろう。

 私のように感無量になり、ホロリとしたりするのだろうか。まさかそうは思えない。だいたい、年齢に関係なく、引き取られていく古いPCを見てホロリとする人などそうはいないはずだ。

 ただ、多分職業のせいで、自分という物書きと「彼」は一心同体というか、かなり相棒的な感覚はあるから、普通の人に比べて人情が移ってしまうのかもしれない、と思わなくもない。

 

 今の新型が数年後に去っていく時も、また同じ感慨を覚えるのだろうか。

 

 いや。やっぱりこれは感情過多だな。どう考えてもロマンチックに過ぎる気がする。

 

 いや。歳を取るとは、感傷的になる事なのかもしれないのだが。

 

 ま、明日からも、いろいろとがんばろう。