ヒロN式! -94ページ目

ヒロN式!

「メイド喫茶元オーナーが書いた女の子の取扱い説明書」
の著者・ヒロNが綴る毎日のよしなしごとです。

最近、僕のメアドが流出して

しまったらしく、やたらに、

エッチ広告が送られてくる。

もちろん迷惑だ。

110件も20件も

来るのだ。



ざけんなよ!

と思いつつも、ちょっと面白く

なってしまった。



エッチ広告は、通常、

チッとか舌打ちしながら、

即削除してしまうものだが、

送る方も、なんとかそれを防ぎ、

本文を見させるために

いろいろ工夫をしてくる。



まず、こんなパターン。

「あの後藤真紀が」

「辻希美の出産シーン」

「AKB板野の」

など、有名人をタイトルに

入れる。これは、普通の広告でも

よく使うタレント広告みたいなもんだ。

知名度で興味を惹かせようとする。

だけど、これは、いかにもウソくさい。

こんなんで、引っかかる奴は、

おらんやろ。



すると、こうなる。

「あたし、ひとみです。」

「こんにちは!えりです!」

「久しぶり!山本あやみ」

つまり、一般の女の子からの

プライベートなメールを装って、

釣ろうと言う作戦だ。

見ず知らずの女からの

メールなんか開けるかよお!

なめんな。

でも、中には、偶然にも

自分の知り合いの女の子と

同じ名前のメールが来たりする。

「なおです!」

なんだ、なおちゃん、どうしたのかな?

などと、本文を開けてみると、

「今、何してるのかな?あたしは、

急にヒマになって寂しいの。

今夜会えないかなあ?……」

なんて、これ、なおの訳ないじゃん!

女の子の名前じゃウソくさいと思われると

思うのか、今度は、男の名前で来る。

「柏木です。」

「高橋」

「お久しぶりです。佐藤です」

これも、知らない奴だったら、即削除だけど、

もし、偶然にも知り合いと同じ名前だったら、

開けるかもしれない。という作戦だ。



これと似たような作戦で、

「先日はありがとうございました」

「例の件」

「ご確認いただけましたか」

など、ビジネスメールなりすましパターン。

もっとシンプルに

「Re」

どうしても、どうしても、メールを

開けさせたいらしい。

単刀直入に、誠実に?用件を

言ってくる直球勝負の奴もある。

「やりませんか?」

壮大な背景を匂わせるものもある。

「世界の女性が待っています」

エロと金の両方で釣る作戦もある。

「やって、高収入」

「女性と付き合うだけで、高収入」

「女とやるだけでお金がもらえます」

体験談型もある。

「オレが女と金と両方を手に入れた方法」

泣き落としもある。

「多くの女性があなたの助けを待っています」

おだてる作戦もある。

「多くの男性の方から、あなたが選ばれました」

「井上明子さんが、あなたを選びました」

小説の題名みたいなものもある。

「寂しい女社長」

助けてくれ型もある。

「男性会員が足りません!」

「あなたの力が必要です!」

「お助けください!」

こんなのもある。

「ボランティアの仕事」

「あなたの人生変えませんか?」

ふ~む、これは、人助けなのか、

それとも、人生を変えるチャンスなのか。

……んなわけないだろ!

まだまだあるけど、きりがない。

皆、頑張ってくれよ!

僕は開けないけど。


もうすぐ節分!鬼退治には、ヒロN式!


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昨夜、原稿を書くのに疲れて、

ジブリの「千と千尋の神隠し」を

観ていて、つくづく感心してしまった。


ヒロN式!

この作品は、何度か観たのだが、

観るたびに思う。不思議な作品だ。

そして、どのジブリ作品とも、

あきらかに異なる。


多くのジブリ作品が、

概ね欧風なテイストなのに

対して、これは、東洋風。

色使い、キャラクター造型、

ストーリー設定なども、独特。


ヒロN式!

さらに、今回感じたのは、

そのストーリーの複雑さだ。


たとえば、「顔なし」の複雑さ。

「顔なし」は、基本、「欲望」という

もののシンボルみたいに

描かれているが、そればかり

ではない。

そして、なぜ、千を慕うのか。

千は、なぜ、「顔なし」のことを

「この風呂屋にいてはいけないの」

と言ったのか。

この辺がよく説明されていないので、

観ているほうは全然わからない。


たとえば、「湯婆」は、なぜ、

「千尋」の名前を奪ったのか?

これもわからず。


名前と言えば、この物語の

メインストリームの、千尋とハクの

因縁にまつわる話も、不思議。


ヒロN式!

ハクは、どうしてか、自分の名前を

忘れていて、それが、一種の

呪縛となっているという。

それを、千尋が思い出したことで、

その呪縛から逃れられたという

めでたし。

しかし、ハクがなぜ、自分の名前を忘れて

しまったのか、それで、誰に、どういう経緯で

呪縛されていたのかの説明がない。


千尋が、銭婆のところへ行くくだりも

わからないことが多い。

なぜ、釜じいは、「銭婆は、(湯婆よりも)

おそろしい魔女だ」と言ったのか。

単なる誤解なのか、それとも、

別の意味があるのか。

実際に、千尋が会った銭婆は、

いいお婆ちゃんだった。

なのになぜ、釜じいに

「銭婆はおそろしい魔女だ」

と言わせたのか?

何か、裏があるのか?


ヒロN式!

まだまだ、この物語は、変なところが

いっぱいある。ロジック的に破綻している

のだ。伏線がなくて、いきなり、なんか

言ってきたり、観ている方を

放り出して、突っ走ったり、

はっきり言って、この物語、

破綻している。


しかし、だ、絵の力もあって、

「それはそれで、いいのだ」

「世の中なんて、そんなふうに、

納得できない、矛盾や唐突なことに

満ちているもんだからなあ、

おれだって、なんでこんな世の中に

生きているのか、正直、訳分からない

ままに、なんとか生きているだけだもん

なあ。むしろ、この方がリアル

かもしれないなあ」

なんていうふうに思えてくる。

まさに、これが、この作品の力なの

かもしれない。


それから、改めて感心したのは、

この物語の発端が、千尋の一家が、

田舎に引っ越してくるところから

始まる点。

引越し、転校。親が言うままに、

新しい環境に入っていかなければ

ならない子供の不安感、憂鬱感、

心細さ、そんなところからこの物語は

始まる。これは、ある意味、すごく

リアルだった。


最近、ジブリは、後継者問題に

取り組んでいる。

宮崎駿の跡を継ぐ、

アニメクリエーターが

なかなか現われないのだ。

何人かの若手を監督に起用したが、

なかなか結果が出ない。

やっぱり、この作品に較べると、

最近のジブリ作品は、単純で、

薄っぺらく感じてしまうのだ。


やっぱり、

名作と言われるものを

作るのは、なかなか大変なのだなあ。


お正月休みには、ヒロN式を読もう!


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トマト、梅干、小麦粉と来て、

今回はニンジンの肩を持ちたい、

と思う。


ヒロN式!

世の中、ニンジンが嫌いなヒトって

結構多いし、最近、ニンジンて、

外食で見なくなったように思います。

なぜか。

それは、ニンジンは、

基本、煮て食べる野菜だから、

手間がかかるからです。

だから、外食のメニューから

外され気味なのだ。

同じはずされ気味の僕としては、

シンパシーを感じざるを得ない。


うちのおふくろなんかも、

料理のとき、「ニンジンは彩りだから」

なんて、抜かしてたけど、

おふくろのように、

「ニンジンは彩り」程度のものだと

思っているヒトがいたら、

「ちょっと!あんた、待ちなさいよ!」

とか言いたい。


ニンジンのあのオレンジ色は、

カロチノイドのオレンジ。

とても栄養価が高い。


それから、あんたには関係ない

かもしれんけど、僕は、僕は、

あの洋食屋さんのハンバーグなんかの

付け合せに出てくるニンジンの

グラッセが大好物なのだ。


ヒロN式!
↑可愛いグラッセである。


ところが、最近、このグラッセも、

手間がかかるせいか、

ついてない洋食屋が多いのだ。

なんてことだ!

僕は、グラッセが食べたいがために、

洋食を頼むようなものなのに。


ここで、グラッセをご存じない方の

ために、解説をしておくと、

「ニンジンのグラッセ」とは、

ニンジンを一口大に切り、

砂糖、ブイヨン、バターなど

入れたスープで煮る料理の

ことで、昔は、洋食の付け合せの

定番だったのだ。


ヒロN式!
↑これである。


できれば、僕は、ハンバーグ8に

対して

グラッセが2だとすれば、ハンバーグ2

に対して、グラッセ8くらいの割合で

お願いしたいくらいなのに、ついて

なかったりする。フライドポテトや、

コーンなんかは、いけしゃあしゃあと

皿に乗っているのに!である。


ヒロN式!
↑これくらい食べたい!


今に、僕が金持ちになって、

レストランで、いろいろ注文

できるようになったら、

「ああ、君!グラッセは大盛りで

頼むよ。グラッセ10人前。

そう、ハンバーグはちっちゃくて

いいから」

と個人的にオーダーしちゃう。

そのうち、皆、店のほうが

覚えてしまって、

「ああ、ヒロN様ですね。グラッセ

10人前、ヒロN様スペシャルで

よろしゅうございますね」とか

言われるようになる。

そして、シャリアピンステーキみたいに、

ニンジンのグラッセは、

ヒロNという名前になって、

「こら、大樹!ヒロNも食べなさい!

ヒロN残しちゃだめって言ったでしょ!」

「だって、ママ、僕ヒロN嫌いなんだもん」

とか言う会話が、全国の親子で

交わされるようになるのである。


なんだか話が脱線気味になってしまったが、

とにかく、ニンジンはエライのである。

おわり。


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「かっこいいとは、こういうことさ」

これは、ジブリの名作アニメ、

「紅の豚」のキャッチコピー。


ヒロN式!

見た目は、豚で、おっさんの、ポルコ・ロッソ

なのに、ダンディでかっこいい。

つまり、「かっこいいとは、こういうことさ」

なのであ~る。


僕も、ポルコに劣らず、というか、まるっきり

劣っているのだが、かっこ悪い。

だから、なるべくかっこつけないようにしている。

かっこ悪い奴がかっこつけるほど、

かっこ悪いことはないからだ。

かっこ悪い奴は、「すいません、僕、

かっこ悪いです。」とおとなしくしていたほうが、

一番、かっこ悪くない。

そうしていれば、きっと、いつか、女の子が、

「ヒロNさんて、かっこ悪いけど、

そんなに、かっこ悪いってほどでもないです。

好き。」とか言ってくれるかもしれないからだ。

まだ、言ってもらったことないけど。ははは。


そんな明るい毎日を送っている僕だけど、

やっぱり僕だって、どっかでカッコはつけたい訳で。


だから、僕は、文章の世界では、

その反動もあり、思いっきりカッコつけたいと

思っている。


僕の思う、カッコのつけ方はこうだ。


つまり、たとえば深刻な話を深刻な文章で

書くのは、別にかっこつけてるわけじゃない。

深刻な話を、さらっと書く。

悲惨な話を、何ごともない口調で書く。

きつい話を、けろっと書く。


そういう境地を目指している。


僕は、人間て、ずうっと暗い、

ずうっと明るい、なんてことは

ないと思ってる。


殺人逃亡犯だって、夜は、

テレビのお笑いみて、

笑ってる時間もあるし、

子供を亡くした親だって、

何ヶ月か何年かすれば、

冗談を言って笑いあう

瞬間だってあると思う。

逆に、金持ちで、成功者で、

何の不自由もない生活を

送っているように見えるヒトだって、

ひどい苦悩に悩まされている

こともあるし、そういうのが人間の

リアルだと思うのだ。


僕は、エッセイ、小説、シナリオ、

なんでもいいのだが、そういう

人間のリアルを表現したい。


笑いながら泣く。

泣きながら笑う。

いいことをしながら悪事を働く。

悪党なのに、善行をする。


そんな滑稽な人間の姿を

表現するには、いろいろな技法が

あるとは思うのだが、

僕は、好みとしては、

「軽いのに、深い」という境地を

目指したいと思うのだ。


うまくいくかは、おなぐさみ。

でも、僕は僕なりに、

「かっこつけてやる!」


お正月休みには、ヒロN式を読もう!


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昨日、テレ東で、放映していた

「サウンド・オブ・ミュージック」を

観ていて、不覚にも泣いてしまった。


ヒロN式!


映画そのものも素晴らしかったのだが、

なんか、子供の頃を思い出して

しまったからだ。

「ドレミの歌」とか「エーデルワイス」とか

小学校や中学校の音楽の時間で、

歌わされたりした。

それに、登場人物の子供たちが、

なんか、「昔のよい子」という感じで、

この感じは、もう今の日本のどこにも

ないような気がした。


ヒロN式!

大人の衣裳や仕草も、なんか

昔の日本人の憧れの世界という感じ

だったなあ。


大人が大人らしく、子供が子供らしい

時代。


「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台は、

2次大戦中のオーストリア。

その題材をハリウッドがシネマ化した。

だから、きっと、この映画には、

アメリカ人のヨーロッパ文化に対する

憧れのようなものも含まれていたに

違いない。


憧れ。

僕が子供の頃の昔の日本にあって、

今の日本にないもの。

それは「憧れ」かもしれない。

今は、貧乏でも、いつかは、

あんな服を着て、こんな家に住んで、

あんなモノを食べて、こんな家具を買って、

こんな車に乗って、こんな生活をして。

ミーハーかもしれないけれど、

被れているかもしれないけれど、

昔の日本人には、そんな具体的な夢が

あったような気がする。


そういう夢が描けないと、

人間は、生き生きとは生きて行けない。


なにかに憧れる。

誰かみたいになりたいと思う。

そういう夢、描けないよなあ。

そういう喪失感を感じたのだ。


今年の正月番組は、つまらない

バラエティとなんかだらだらした

焼き直しの時代劇ばかりで、

全く印象に残らなかったけれど、

この50年も前の映画に、

何かを気づかされた。


僕は、今年、夢を探してみようと思う。

 

お正月休みには、ヒロN式を読もう!


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