第35話「ロング・トール・サリー」
彼の眼の前にタンブラーがあった。
それは暗い照明の中で心地よい汗をかいていた。
砕いた氷と透明なジンがグラスに七分。それにレモンの絞り汁だけのドライキャット
だったが、それが彼の夏の大好物だった。
彼の隣には、白いイブニングを着た若いホステスがいた。
日に焼けた背の高い女で、歳を聞くと、「21です。」と答えた。
です、ですか、と彼が言うと、彼女は、目を細めて笑った。
彼と彼の友人は、全具で三人だった。
その三人に三人ついていたから、全部で幾らになるのだろう、と心配すると、
彼の友人は、今日は、他人の金で呑むから構わない、と言って笑った。
ホステスも入れた六人は、ひとつのボックスで、さまざまな格好でくつろいで、
車の話や海の話をした。仕事の話はしなかった。
三人ともプライベートな時間に仕事の話をするのは好きではなかった。
彼の隣のホステスは、海の話をしだすと、急に目を輝かせた。
彼がダイビングをしているというと、なんとなく興奮して、彼の肩の筋肉を
触ってみたりした。
そして、先週ハワイに行ってきたばかりだ、と言った。
きれいに焼けていると言うと、胸から下の焼き方を失敗した、と言って
はにかんで笑った。
それから、六人でハワイの話をした。
彼は、キャザリンの家があるヒロの話をした。
大した観光名所もないヒロの風景が彼は好きだった。
ヒロには、古い懐かしいハワイが残っている、と口に出して言った。
彼女のハンドバッグから小鳥のさえずりがした。
彼女は、ちょっと舌打ちをして、席を立った。
ハワイのお話、残しておいてね、と耳打ちして、ほの暗いフロアを歩いて行った。
背が高い彼女は、スタイルがよかった。
大きく開いたドレスの背中の筋肉がよく動いた。
彼は、彼女がいなくなり、多少手持ち無沙汰になった。
他の二人は、それぞれの女とそれぞれの話をしていた。
彼は、店の中に流れる音楽に耳を傾けながら、眼の前にタンブラーばかりに
手を伸ばした。
小柄なホステスが、ボックスに立ち寄り、彼のドライキャットのお替りを
作ってくれた
彼は、目の高さにタンブラーを上げた。
踊りましょう。と彼女は誘った。
踊れないけど、と彼は言いながら、席を立った。
二人は、フロアに出て、ダンスの渦に入った。
背中を手で押し、胸をつけると、彼女の香りが強くした。
脇をいろいろなカップルが過ぎるたび、さまざまな香りが行き過ぎた。
背の低い客と踊っている、さきほどの、背の高いホステスが通り過ぎた。
(痛!)二の腕に痛みが走った。
背の高いホステスが、彼を睨みつけていた。
ほんの一瞬のできごとだった。
第36話「リフレクション」
彼は、いつもより一時間遅く目を覚ました。
頭を振ると、ひどく重かった。
ベッドのコンポートから体温計を取り出し計ると三十九度熱があった。
彼は、ベッドの中から、局に欠勤の電話を入れた。薬は飲まなかった。
ブランディを飲んだら、すぐに眠りに落ちた。
熱に浮かされながら、しばらく眠った。
手慰みにかけたラジオが遠くの方から聴こえた。
奇妙につじつまの合わない短い夢を見て、目覚めると、昼の二時だった。
粘性の強い汗をかいていた。
頭はまだ重かった。
ラジオは、物憂げに、懐かしいハワイアンを流していた。
彼は、それをしばらく聴き、曲の切れ目で切った。
窓から射す太陽の光が、ベランダで跳ね返り、白い石膏ボードの天井に
不規則な模様を作っていた。彼は、それを眺め、深呼吸を何度もした。
天井に、息を吹きかけると、模様が揺らめくような気がした。
息を詰めて、耳を凝らすと、5階下の路上の喧騒が微かに聴こえてきた。
寝返りを打ち、横向きになり、枕に耳を当てた。自分の心臓の鼓動がした。
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