この件で凹んでた私。
この前のセミナーで、
嬉しい太鼓判を頂き、
シータ仲間に
助けを求めて
元気をもらった![]()
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しほさんの太鼓判だったり、
シータ仲間からの励ましだったりで、
私は私を過小評価していると思った。
パワーをもらったけれど、
モヤモヤが晴れない。
このモヤモヤは何だろう?
「必要のない人間だと
言われた気がして、
悲しかった」という
恥ずかしい本音を
言えていないからだ。
この私の恥ずかしい本音を
見て見ぬ振りをして、
蓋をしてしまっては、
「お前、必要ないから死ね」と
言われたように感じた、
その心の反応を無駄にしてしまう。
不必要な癖を握りしめてますよという、
心のサインを無視してしまうことになる。
恥ずかしい自分の本音を
伝える、言えると癒える、
そのチャンスに
たまたま恵まれた。
手が震え、声が上ずる、
緊張で手が汗ばむ。
「必要がないと言われたように
感じて、とてもショックでした」
そう伝えることが出来た。
相手は、豆鉄砲くらったような
目が点になり、
面白い顔をしていたwww
そりゃ、そうだwww
相手は、そんなつもり
毛頭ないのだから。
それでも私の気持ちは、
理解してくれたようで、
私も伝えられて
とても満足した。
かと言え、労働時間の変更は、
変わらぬ事実だ。
でも、心が満たされたような、
そんな感覚を手に入れた。
だから、労働時間変更と
「私は必要のない人間」を
切り離し、分けて
考えられるようになった。
労働時間の変更が、
自分の望むものと
合わないのであれば、
辞めれば良い。
許容範囲内であれば、
続ければ良い。
労働時間変更と
私の価値は
何の関係もないのだ。
普通の人が聞いたならば、
そんなの当たり前じゃんwって思うかも。
でも私は相手の言動で、
自分の価値を見出そうとする癖がある。
労働時間の変更は、
私にとっては、
死の宣告を
されたと同然なのだ。
そのままの自分では
生きていけないと
思い込んでいるから。
そのままの自分ではダメ
だと思い込んでいるから。
そんな自分へのダメ出し。
頑なまでのカチカチな私の心を
しほさんやシータ仲間、
周囲の人たちの
暖かい言葉たちが、
浸透し柔らかくしてくれる。
そして自分の勇気にバンザイ![]()
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