阿闍世はなぜ父を殺したのか―親鸞と涅槃経―第十一回―
( 芹沢俊介著 ボーダーインク社刊。引用は特に断り書きのない限り本書からです。)
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速読の効果と気づき102
吉本ばななの『サンクチュアリ』を読んでから、自分の創作に取り組むときの文章が変わってきているのを感じた。もっと主人公の気持を深く突っ込んで書け、という気持ちになったのだ。優れた作品は、読者や書き手の意欲をかきたてるのではないだろうか。これからもばななさんをはじめ優れた書き手の小説や童話を読んでいこう、と改めて想った。
☆阿闍世は病気になり、母の韋提希が見舞いに訪れる。阿闍世は後悔の念に苦しむ。
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父殺しの場面
阿闍世 (叫ぶ)親父、いや、もう父親ではない。頻婆沙羅(叫ぶように呼ぶ。誰かおらぬか。(入ってきた部下たち数人に)頻婆沙羅をここに引っ立ててこい。
提婆達多 (激昂する阿闇世の傍らで青ざめた顔で宣言する)阿闇世は父を殺して現世の王になる。では俺は。釈尊を亡き者にし、全世界の人の心を支配する信仰の頂点に立つのだ。
再び「親を殺せ」の声。「親を殺せ」「親を殺せ」「親を殺せ」……あちこちで散発し、舞台に満ちる。
第一幕終わり
第二幕
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病床の阿闍世。寝台に病気で横たわる阿闍世(舞台下手の台にある)。その阿闍世を看病するために韋提希が登場
韋提希 部屋の外まで臭ってくるよ。こんな悪臭はかいだことがない。このあいだまでは非行問題で悩まされ、今度は病気だ。やれやれ、世の母親というのはこんなにも息子に苦しめられるものなのかねえ(といいながら、部屋に入る)
韋提希 (侍女に)ご苦労だね、どうだい阿闍世の加減は? 眠っているようだね。
侍女 (マスクをしている)おやすみでございます。さきほど、それも熱と痛みに疲れ果てて、ようやくお眠りになったばかりです。
韋提希 この上気した顔。熱が下かってないんだねえ。
侍女 夜はうなされ、なにか大きな声でうわごとをおっしやいます。目覚めると、恐ろしい夢を見たせいでしょう、びっしょり汗をおかきになっていて。
韋提希 着かえさせてくれてるんだろうね。
侍女 お目覚めになるたびに、体を拭かせていただき、それから着かえていただいております。
韋提希 そうかい、礼をいうよ。それにしても、可哀そうに。ああ、こんなになってしまって、あの美しかった阿闍世はどこにいっだの? 問題児だった頃が懐かしいくらいだ(と、阿闍世の顔を覗き込む)
阿闍世 (阿闍世、目をあけて)母上(来ていたんですか)。
韋提希 あら、起こしてしまったね、ごめんよ。苦しいかい? 阿闍世。今日はよくきく薬をもってきたよ。さあ、これを服(の)んで。いま煎じさせるからね。それから軟膏を塗ってあげましょう。
阿闍世 (韋提希に助けられ寝台に半身を起こして)ありがとう、母上。だけど、この病気はどんな薬も効かないんです。現に、この間の薬はまるで効きませんでした。
韋提希 そのようだねえ。でも、今度のは名医が効き目を保証している評判の薬だよ。
阿闍世 効きませんよ。
韋提希 あきらめないでおくれよ。膿はわたしが吸い取ってやるよ。その後に薬を塗り込めば
阿闍世 そこまでしてくれるというのはうれしいけれど、この病気は外からばい菌や毒が体に入ったものではなく、内側の、心に原因があるのです。
韋提希 心の問題だって、体の出来物は出来物だろう。軽くすることくらいはできるはずさ。
阿闍世 だめですよ、母上。
韋提希 どうしてだい?
阿闍世 ひと月前、激しい熱が出たと思ったら、顔といわずお腹といわず、体中に出来物が噴き出してきた。出来物はみるみる腫れて膿を持って、それが崩れてじくじくしているのです。
臭いでしょう。
韋提希 なに、ちっとも、臭かないよ。
阿闍世 血が膿に変わるこの臭い、この体の症状はわたしが地獄に堕ちる前兆なのです。父殺しは重罪の中の重罪、五逆の罪です。五逆を犯したものは阿鼻地獄に堕ちるといわれています。この苦しみはその前兆。わたしの血という血が膿に変わったとき、そのときがまさに地獄落ちのときなのです。
韋提希 怖いことをお言いでないよ。お父さんを亡くし、そのうえお前まで失うことになったら、わたしは誰を頼りに、どうやって生きていけばいいのさ。(泣き出す)
阿闍世 (泣く韋提希の背中を撫ぜながら)母上。わたしはどうして父上を殺してしまったのでしょう? なんで、提婆達多の言菓を耳にしたとき、あのときあれほど激昂したのか。今は後悔の気持ちでいっぱいです。考えれば考えるほど、とんでもないことをしてしまったと思うのです。体の苦しみより、そのことが何倍も何十倍も痛いのです。
韋提希 いまはまず体を治すことが先決。悩んだり考えたりするのはそのあとにおしよ。それにしても憎いのは提婆達多。あの男こそ地獄に堕ちるがいい。
阿闍世 提婆が悪いんじやない、悪いのは僕なのです。提婆をせめないで、母上。
(61~66頁)
☆Comment
阿闍世は父殺しを後悔します。父と子の間の相克は今も昔も変わらぬ重いテーマです。だからこそ、著者である芹沢俊介さんは、このテーマを選んだのでしょう。どういうわけか、父と激しくぶつかる男の子は長男が多いのです。昔なら家督相続は長男が継ぐものという習慣がありましたから、争いのタネとなるというのはわかります。しかし、現代ではそういう習慣はかなりなくなっています。それでも父と激しくぶつかりあうのは、男の兄弟がいる家では長男になるのが多いのではないか、とぼくは感じています。
(この項つづく)
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