ウィニコット『赤ちゃんはなぜなくの』について――その74

 

 

(星和書店2013年11月刊『子どもと家族とまわりの世界(上)赤ちゃんはなぜなくの』猪股丈二訳より。引用は特に断り書きのない限り本書からです。)

 

 

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☆ライオンやトラがよい餌物を捕えた時普通に見られるような方法で、赤ん坊はスプーンをやっつけようとします

 

「赤ん坊は、自分のやっている新しいことが非難されていないということを、徐々に母親の目から読み取ります。そこで赤ん坊は、そのスプーンをもっとしっかり握り、自分のものにし始めます。しかし赤ん坊は、まだ非常に緊張しています。というのは赤ん坊は、自分がとてもやりたいと思っていることをするとどういうことになるのか、よく分からないからです。また、自分のしたいと思っていることがどんなことであるかも確かではないからです。

 しばらくすると赤ん坊は、そのスプーンで何をしたいのかということに気付くようです。というのは、赤ん坊の口が興奮し始めてくるからです。赤ん坊は、まだ静かで、どうしようかと考えているようですが、唾液は口からあふれ始め、舌はものほしそうに見えます。口はスプーンを求め始め、歯肉はそれを噛みたいと言っているようです。間もなく、口にスプーンを入れます。ライオンやトラが何かよい餌物を捕えた時ごく普通に見られるような方法で、赤ん坊はスプーンをやっつけようとします。赤ん坊は、あたかもそれを食べているかのうように振舞います。

 赤ん坊は、今やそれを捕え、自分のものにしたと言えるでしょう。赤ん坊は、一つのことに気をとられ、迷って疑っていたことから生じていた冷静さを失い、自信にあふれ、新しいものを手に入れて非常に豊かになっているのです。言わば赤ん坊は、空想の中でそれを食い尽したのです。

 

 

☆辞書・事典から

 

 

☆Comment

 

「赤ん坊はスプーンをやっつけようとします。赤ん坊は、あたかもそれを食べているかのうように振舞います。赤ん坊は、自信にあふれ、新しいものを手に入れて非常に豊かになっているのです。言わば赤ん坊は、空想の中でそれを食い尽したのです。」

 と書かれています。赤ん坊には早くから空想生活をしているのです。そのことをいつか人は忘れてしまいます。

 ぼくは空想好きの少年でした。しかし、文章を書く時には空想をまじえないで書いていました。

 空想を作品に織り込もうとし始めたのは最近のことです。幻想を意識的に取り入れるようにしています。空想好きの子どもなのに、表現するときはリアルに描こうとしてきたのはなぜなのか自分でもわかりません。

 

 

(この項つづく)

 

 

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ウィニコット『赤ちゃんはなぜなくの』について――その73

 

 

(星和書店2013年11月刊『子どもと家族とまわりの世界(上)赤ちゃんはなぜなくの』猪股丈二訳より。引用は特に断り書きのない限り本書からです。)

 

 

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☆生後10か月の男の子は、生き生きとして活気にあふれ、いろいろなものにごく自然に興味を示します。

 

 

☆赤ん坊は魅力のあるものに気付くと、それに手をのばすでしょう。母親はそのことに最小限で参加するようにしましょう。

 

 

「私は、人としての赤ん坊についてどのように話しを始めたらよいのか迷っています。赤ん坊が食べ物を食べると、食物は消化され、そのうちのいくらかは体のいたるところに分配されて生長のために使用されます。このことは容易に理解されることでしょう。そのうちでエネルギーとして貯えられるものもあれば、いろいろな方法で排泄される部分もあります。これは、身体的な観点から赤ん坊を見た場合です。しかし同じ赤ん坊を人という観点から眺めますと、身体的な体験と同じように空想的な授乳体験も存在するということが容易に理解されます。一方は、もう一方の基盤となっています。

 あなた方が愛する赤ん坊のためにするあらゆることは、食べ物と丁度同じように、赤ん坊の中に入っていくと考えることで、かなりのことが理解できると思います。赤ん坊は、その全てのものから何かを築きます。しかしそればかりではなく、あなた方を利用することもあれば、捨て去ることもあります。このことはまさに食べ物と全く同じことなのです。もう少し大きくなった子どもを例にとって説明すると、私の言おうとしていることがよく理解できるでしょう。

 ここで生後10か月の男の子の例をあげてみましょう。この子は母親が私と話しをしている間、母親の膝に坐っています。この子は、生き生きとして活気にあふれ、いろいろなものにごく自然に興味を示します。私の机を雑然とはしておかずに、私と母親とがさし向かいで坐っている机の上の片隅に、赤ん坊にとって魅力のあるものを置いておきます。私と母親は話をしていますが、赤ん坊をちらっと横目で見ることはできます。この子がごく普通の赤ん坊であれば、赤ん坊にとって魅力のあるもの〈今回はそれをスプーンとしておきます〉に気付き、それに手をのばすでしょう。赤ん坊は、実際にそれに手を差し出すと、すぐにこれに触ってはいけないという感情にふとおそわれます。赤ん坊は次のようなことを考えているかのようです。「これについてよく考えた方がよい。お母さんはこのことをどう思っているのだろうか。そのことがはっきりするまで、何もしない方がよさそうだ」と。するとスプーンのことが赤ん坊の考えから消えてしまったかのように、赤ん坊はそのスプーンから顔をそらすでしょう。しかししばらくすると、そのスプーンに再び関心を示し始め、指でそのスプーンにちょっと触れてみようとします。それを握るかもしれません。また確かめるために母親の目を見るかも知れません。この時点で、私は母親が何をすべきかを告げなければならないでしょう。というのは、さもないと母親は赤ん坊に手を借しすぎてしまうかもしれませんし、場合によっては妨げてしまうかもしれません。そこで私はできるだけ最小限参加して下さいといいたいのです。」(128~129頁)

 

☆Comment

 

 赤ん坊が興味あるものを見つけます。そこに手をのばすとき、母親は最小限で参加しましょう、とウィニコットはいいます。危なくなければ赤ん坊の自主性にまかせましょうということだとおもいます。

 ぼくはぼくの内なる幼児のことをおもいます。内なる幼児は童話や絵本の世界に出ていってくれますが、これまでは作品の中ではリアルな世界で何ごとかを体験してきました。しかし、このところ幻想世界に出かけてゆくようになりました。内なる幼児の親代わりであるぼくは、それに最小限参加で参加することで、なるべく多く幻想世界て遊んできてもらおうとおもうようになりました。そんな幻想は現実にはありえないから、といって内なる幼児を引き止めないようにします。しかし、時には行きすぎやりすぎも起こりますので、ある程度の抑えは効かせなけれればなりません。それが最小限で参加することになるのではないでしょうか。

 

 

(この項つづく)

 

 

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