ウィニコット『赤ちゃんはなぜなくの』について――その12
(星和書店2013年11月刊『子どもと家族とまわりの世界(上)赤ちゃんはなぜなくの』猪股丈二訳より。引用は特に断り書きのない限り本書からです。)
☆赤ん坊は自分の内側に猛り狂うライオンやトラを秘めている人間なのです。
「赤ん坊が看護婦さんの世話になっているなら、その看護婦さんが私のいわんとすることを理解し、赤ん坊が授乳の時だけ母親に手渡されいるようでしたらお母さんは不利な立場にある、と私が申しても、このことをおせっかいであると思わないようのぞみます。あなた方は、看護婦さんの助けを必要としています。あなた方は、まだ赤ん坊のすべてを充分に理解しているわけではないのです。あなたが眠っている時の赤ん坊や、目を覚まして不思議そうな顔をしている赤ん坊を知らなければ、授乳の時だけあなたの所へ連れて来られる赤ん坊にとても奇妙な印象を抱くに違いないのです。このような時には、赤ん坊は欲求不満のかたまりであり、確かに一人の人間ではあるが、自分の内側に猛り狂うライオンやトラを秘めている人間なのです。赤ん坊はまた、自分自身の感情に怯やかされていることもほとんど間違いないでしょう。あなた方にこのようなことすべてを説明してくれる人がいなければ、あなたもまた怯えることになるでしょう。」(第二章 あなたの赤ん坊を知ること 24~25頁)
☆Comment
ウィニコットは母親にむけて文章を書いています。それはそれでいいのです。ほとんどの人が自分の乳児期を記憶していません。しかし、その頃から3歳くらいまでに心は形成されてしまうといいます。しかし、どう形成されたか、本人は覚えていないのです。
これを知るにはどうしたらいいのでしょうか。ひとつは親や兄弟や親戚に自分の生まれたころの家庭環境を聞いてみることです。
もうひとつは自分で想いだすことです。赤ん坊のころのことはむりかもしれません。しかし、小さいころのことを思いだすぞ、ときめて、思いだす時間を一日に一度、短時間でいいですから持つといいとおもいます。
それをぼくは日記に書きとめています。もう何十年も続けています。
これは自分を知ることと、自分の精神安定にとても有効だとおもっています。
(この項つづく)
源氏物語の登場人物の性格》その245
(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)
☆『源氏物語』の性格描写
○須磨に旅立つにあたって源氏が若紫に贈った歌
「身はかくてさすらへぬとも君があたり
去らぬ鏡のかげははなれじ」(須磨・216頁)
☆辞書・事典から
あたり=付近。周辺。あたり。
さすらう=目的地を定めず,あてもなく歩きまわる。流浪(るろう)する。さそらう
訳=わたしの身はこのようにしてさすらうとしても、貴方の近くを去りはしません。貴方の鏡の影となって離れません。
☆Comment
源氏は若紫(紫の上)が涙をながす姿の美しさに、すぐれた恋人であるとおもったのです。
(この項つづく)
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