フロイトの夢理論 その90

 

 

テキストはフロイトの『夢判断・上』(平成23年四版・日本教文社刊)です。引用も特に断り書きのないかぎり、本書からです。

 

 

 

☆ある男の子の一人天下は十五カ月後に生まれた妹の登場のために乱された。

 

「兄弟姉妹に対する敵意の感情は、われわれ大人の鋭い観察にうつるよりももっとずっと頻繁に幼年時代には現われているにちがいない。」(300頁)

「次々と生まれた自分の子供について、私はこういう観察をする機を逸してしまったが、その代り今、小さな甥で埋め合わせをつけている。この甥は一人天下を十五カ月後に、妹の登場のために乱されたのである。もっとも聞くところでは、この甥は妹に対していやに見あげたナイトぶりを発揮して、その手に接吻したり、頭を愛撫してやったりしているそうだが、しかし私は、その甥も満二歳になるかならぬうちにもうものが言えるようになるのを幸い、自分にとって余計なものに思われる妹にけちをつけるだろうと確信して疑わない。今でも妹のことがみんなの話題になると、この小さな甥は必ず話に割り込んできて、不機嫌に叫ぶのだ、『ちっちゃい、ちっちゃい』と。このちっちゃな赤ん坊が順調に成長して、この甥の軽蔑を免れうるようになったこの二、三カ月以来、彼は妹なんか大したそんなにたいした注意をひくに値しない存在だという自分の意見を、別の理由から根拠づけるようになった。そして機会さえあると、妹には歯がない、というのである。もう一人私の妹の長女のことで、私たちみんながおぼえているのは、この子が六つになった頃、三十分ほどにわたって、並みいるすべての伯母たちから、『ねえ、ルーツィエにはまだそんなことわからないわね』という自分の意見を認めさせたことである。ルーツィエというのは、二歳年下の競争相手の名前なのである。」(300~301頁)

 

☆Comment

 

 ぼくは男ばかり三人兄弟の末っ子として育ちました。今日はめずらしく兄弟喧嘩がなかったな、とおもうほど、毎日のように兄弟喧嘩をしていました。

 次兄や、長兄とはげしく争った日のことをよく覚えています。

 ほんとに兄弟というのは激しく敵対感情をもちます。そしてまた、愛情も持つのです。とくに家族の外の人に対して連帯してことに当たることもあるのです。ここらが不思議なところですね。その積み重ねが今のじぶんのこころを作るのに、大きく影響しているのです。

 

 

(この項つづく)

 

 

源氏物語の登場人物の性格》その243

 

 

(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)

 

☆『源氏物語』の性格描写

 

○  源氏が左大臣の夫人の宮への挨拶とともに送った歌

 

「鳥辺山燃えし煙もまがふやと

 

海人の塩焼く浦見にぞ行く」(須磨・216頁)

 

☆辞書・事典から

 

鳥辺山=京都市東山西麓の一帯で鳥辺野とも。船岡山とともに荼毘所として知られたが、阿弥陀ケ峰に豊臣秀吉の廟が建ってから荼毘を禁じた。その西に親鸞の廟所があり西大谷と呼ぶ。

まがふ=入りまじる。入り乱れる。入りまじって区別できない。まちがえる。よく似ている。区別がつかない。

浦見=浦を見ること。多くは「恨み」にかけて用いる。

浦=入り江、浜辺。

 

訳=鳥辺山で燃えた妻の煙に似ていはしないかと、海人が塩を焼く須磨の浜辺に恨みをこめて行ってまいります。

 

☆Comment

 

 光源氏は左大臣家で中納言の君と寝た。翌朝、左大臣の夫人から使いのものが挨拶をもってきた。それを聞いて源氏が詠んだ歌です。左大臣家の娘で源氏の正妻であった葵の上を葬ったときの鳥辺山の煙と、これから源氏が行く須磨の浜辺の塩焼く煙とをかけています。

 

 

(この項つづく)

 

 

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