芹沢俊介の『親鸞で考える相模原殺傷事件』
その49・最終回
東京一組よにん会2017年8月10日発行の冊子(真宗大谷派 東京教区 東京一組 教化委員会編集 東京都台東区浅草1-9-3 円照寺)
☆芹沢俊介さんは『歎異抄』を手がかりにして、相模原事件の犯行を読み解いた。
「あとがき
本書は二〇一六年十月二二日、西浅草の長敬寺(ちょうきょうじ)において行われた東京一組(いっそ)門徒会報恩講(ほうおんこう)での講話をまとめたものである。同年、七月に起きた『相模原障害者施設殺傷事件』は、大きな衝撃を私たちに与えた。戦後最悪の殺人事件と言われた。」また、被害者が知的障害の人たちであったが故に、私たちは思考回路を切断されたように、言葉をうしなってしまった。
芹沢俊介さんは『歎異抄』を手がかりにして、犯行を読み解かれた。芹沢さんには、少年の犯罪や家族の問題についてのたくさんの著書がある。相模原事件については、いろいろな指摘があることはもちろんであるが、仏教の視点、『歎異抄』の視点から事件を読み解く試みは、はじめてのことではなかったかと思う。「聖道の慈悲は挫折する」という芹沢さんの言葉は衝撃的だった。
報恩講が終って、東京一組の若い人たちとの話し合いの中で、本にしてみなさんに公開してはという意見が出た。そのことを芹沢さんにお伝えすると快く了承して頂いた。報恩講では言い足りなかったことを捕捉したいということで、私たち何人かと、討論の会を開いてくださった。こうしてできあがったのがこの本である。あらためて芹沢俊介さんには感謝いたします。
出版に際しては、報恩講主催の東京一組門徒会に了解をいただきました。また編集には一組の教化委員のみなさんにお力添えいただきました。すてきな表紙を描いて下さった願龍寺(がんりゅうじ)の小林要子(かなこ)さんに御礼を申し上げます。
二〇一七年六月一三日
東京一組前組長(そちょう) 花園 彰(はなぞの あきら)」(126~127頁)
☆辞書・事典から
報恩講=仏教諸宗派で,一宗の祖師の恩に報ずるため,その忌日に営む法会。浄土真宗の西本願寺などでは1月9日から16日まで,東本願寺などでは11月21日から28日まで,宗祖親鸞をまつって法事を行う。
☆Comment
本書を浄土真宗大谷派の円照寺で受け取り、一読して大いに驚きました。すごい本ができたな、というのが最初の感想でした。何がすごいのか、うまく言葉にできませんが、この本は滅多にみられないものだと感じたのです。
本書は、今の日本で実際に起こったことを、深い思想の場からみつめなおそうとした試みだとおもいます。
本書を読んでいると、まるではるばる関東から、親鸞の教えを聞きにした信者たちと、親鸞聖人の対話を唯円が書きとめた歎異抄の世界を思わせるような話し合いの場が、展開されています。
語り手がいて、質問する者がいて、さらに考えが深みへと進んでいくさまを読みながら感じられる読書体験でした。
そのような対論がうみだされたのも、芹沢俊介さんの親鸞理解の深さと、その地点から現在の事件を読み解く指摘の確かさにあるのだとおもいます。
その上に本書をまとめあげた浄土真宗大谷派東京地区東京一組の皆さんの尽力があったればこその快挙だと、ぼくは感じました。
ぼくは一読して、このブログに全文を少しずつ掲載して、その展開を反芻したいとおもいました。それも今回が最終回となりました。
(この項おわり)
源氏物語の登場人物の性格》その241
(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)
☆『源氏物語』の性格描写
○源氏は政敵の圧迫を避けるために須磨に行くことにした。
「須磨
入道の宮からも、またこんなことで自身の立場を不利に導く取沙汰が作られるかも知れぬという遠慮を世間へあそばしながらの御慰問がしじゅう源氏にあった。昔の日にこの熱情を見せていただけがことであったならと源氏は思って、この方のためにしじゅう物思いをせねばならならぬ運命が恨めしかった。三月の二十幾日に京を立つことにしたのである。」(須磨212頁)
☆辞書・事典から
入道の宮=仏門に帰依した皇族。入道した親王・内親王・女院。ここでは藤壺の宮のこと。
☆Comment
いきなり入道の宮とでてくるから、だれのことかと読んでいますと、内容から出家した藤壺の宮のことであることがわかります。登場人物を役職名で語るようなことは現代の物語ではあまありません。とくにその役職がよく変わる場合にはほとんどないとおもいます。
源氏が「恋人たちのところへは手紙だけを送って、ひそかに別れを告げた」と書いてあった上に、「きっと文学的におもしろいものもあったに違いないが、その時分に筆者はこの痛ましい出来事に頭を混乱させていて、それらのことを注意して聞いておかなかったのが残念である。」と書いています。
作者が物語に直接登場して意見を述べるのは、近代、現代の物語ではほとんどないと思います。
読者が物語の世界から出されて、作者の世界をみせられて、混乱してしまうからだとおもいます。
(この項つづく)
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