鈴木大拙の『日本的霊性』について―第418回――殿岡秀秋筆
鈴木大拙著『日本的霊性』(岩波文庫 1972年版)より。引用は特に断りのないかぎり、本書からです。
☆南無阿弥陀仏の歓喜は、実に自分自身を超えるところから湧く感情である。
「南無阿弥陀仏は時処(じしょ)を超越した実体であるから、分別計較(ふんべつけきょう)を少しでも容れると、下駄が削られなくなり、働きがにぶる。才市は才市でなくなって、矛盾のみが意識せられて、気が荒む、心が塞ぐ、歓喜(かんぎ)の出ようがなくなる。歓喜は実に超個の一人から湧く感情である。それで才市は歌う、
『歓喜の御縁にあうときは、
ときも、ところも、ゆわ(言わ)ずにをいて、
わしも歓喜で、あなたもくわんぎ、
これがたのしみ、なむあみだぶつ。』(『大乗相応の地』三00頁)」(212頁)
☆事典・辞書から
時処(じしょ)=時と所
超越=何ものかを超え,その外または上に位置すること。世界の創造主として世界を超えている神,意識によって定立されるのではなくそれから独立する存在など。
実体=変化しやすい多様なものの根底にある持続的・自己同一的なもの。
分別=〘仏〙 虚妄である自他の区別を前提として思考すること。転じて,我(が)にとらわれた意識。
計較(けいこう)=比べ合わせて考えること。
歓喜(かんぎ)=説法を聞いたり,仏の功徳を見たりして,信心を得て非常によろこぶこと。
超個=個己は自分自身とおのれ。超個は自分自身を超える。
「京都で法然上人によりて初めの洗礼を受けたのであるが、それはまだ超個己の人に触れていなかった。後者は彼が京都文化のまだ到り及ばなかったところに定住したとき、初めて働き出したのである。彼が、具体的事実としての大地の上に大地と共に生きている越後のいわゆる辺鄙の人々のあいだに起臥して、彼らの大地的霊性に触れたとき、自分の個己を通して超個己的なるものを経験したのである。法然によりていかほどの信心を喚起したにしても、京都文化以外に出る機会がなかったなら、他力本願の親鸞も伝教・弘法以上に出られたかどうか、甚だ危ぶまれるのである。『親鸞』は、どうしても京都では成熟できなかったであろう。京都には、仏教はあったが日本的霊性の経験はなかったのである。」(本書90頁)
御縁=〘仏〙 結果を生ずるための間接的原因や条件。
☆Comment
宗教的よろこび(歓喜)とは、個人のよろこびではなくて、個人を超えたよろこびなのだと、鈴木大拙は語っています。
我(自分)にとらわれていると、「下駄が削られなくなり、働きがにぶる。才市は才市でなくなって、矛盾のみが意識せられて、気が荒む、心が塞ぐ」ようになってしまうのです。それでは信心をえて大いに喜ぶことはできないのです。
歓喜は自分を超えたところから湧く感情なのです。歓喜の状態になるには、時も所も言わないで、「わしも歓喜、あなたもくわんぎ、これがたのしみ、なむあみだぶつ。」だといいます。
わしも歓喜は理解できますが、あなたも、はどこからくるのでしょうか。
自分から、自我からはなれた慶びが、ここでいう歓喜につながるのでしょう。
もちろんぼくはそういう心境になったことなどありませんから、よくわかりません。
しかし、もしかしたら、宗教的霊性でなくても、自分からはなれて、超個の人として、何かを感じる境地はありえるかもしれないと、ふと、おもってみたりします。
(この項つづく)
源氏物語の登場人物の性格》その239
(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)
☆『源氏物語』の性格描写
○故桐壷院の女御を訪ねて源氏が贈った歌
「橘の香をなつかしみほととぎす
花散る里を訪ねてぞとふ」(花散里・210頁)
☆辞書・事典から
橘=ミカン科の常緑小高木。日本原産唯一の柑橘類とされ、四国・九州・沖縄などに自生。初夏に芳香のある白色の五弁花を開く。果実は小さく、黄熟しても酸味が強く食用には向かない。紫宸殿の「右近の橘」は本種といわれる。
なつかし=思い出に心引かれる。昔が思い出されて慕わしい。
杜鵑(ほととぎす)=カッコウ目カッコウ科の鳥。
とふ=訪れる。訪問する。見舞う。
女御=天皇の寝所に侍した女性で,皇后・中宮の下,更衣の上の格。多くは摂関など名家の子女から選ばれ,人数は不定。平安中期以降,女御から皇后を立てるのが例となった。
訳=橘の香りに昔が思いだされて慕わしくおもって、ほととぎすのようにこの花が散る家に訪ねてまいりました。
☆Comment
源氏は故桐壺院を偲ぶために、院の女御であった麗景殿女御の家をたずねます。この女人も源氏の恋人だったのです。
(この項つづく)
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