芹沢俊介の『親鸞で考える相模原殺傷事件』
その46
東京一組よにん会2017年8月10日発行の冊子(真宗大谷派 東京教区 東京一組 教化委員会編集 東京都台東区浅草1-9-3 円照寺)
☆植松聖の刺青も、一見、自己破壊行為だが、同時に親への応答でもある気がする。
「秋葉原の事件を起こした加藤青年のことを考えた時に、彼にもまた敢えて自分を駄目にする、壊すという行為がありました。例えば親が北大に進んでほしいと思っていたのを、その能力はあるのにわざと自動車学校に進んでしまうというようにです。なぜそんなことになるのか。ここは養育論的な見方になるのですが、親の期待を裏切ることが主な目的だからです。
つまり自分の前に、自分の自由な選択を邪魔するように親が立ちはだかり、行くべき方向を勝手に決められてしまう。そのような場合、子どもは、親への不満の表出というか、親の勝手な期待にノーということが動機になった行動をとることがあるのです。あえて自分の将来の生き方を狭めていく選択をする。そのことが、そのまま親に対する復讐になってしまうというか。こういうことって、一般的な親子関係でも、とりわけ幼い子どもが親に対してとることがよくあるのではないかと思います。親になんとか打撃を与えたいために、結果が自分に損になることが明らかな道を選択する、当然自分の可能性を狭めてしまうことになる、そんなふうに自分を傷つけてしまうということをやる。
こういうふうに見ていくと、植松聖(さとし)の刺青も、一見、確かに自己抹殺行為、自己破壊行為ですが、同時に親への応答でもある、そういう気がしているのです。」(120~121頁)
☆辞書・事典から
秋葉原の事件=秋葉原通り魔事件(あきはばら とおりまじけん、英語: Akihabara massacre)とは、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。7人が死亡、10人が負傷(重軽傷)した。マスメディアや本件に言及した書籍においては秋葉原無差別殺傷事件と呼ばれることが多い。
加藤智大被告の母は、県下一の進学校、青森県立青森高等学校卒の教育熱心な母親として有名であった。マスコミから伝わってくる様子は以下の通り。
冬の寒い日に(話は青森である)薄着で外に立たされているのを見た近所の人がいる。
小学生の頃から珠算やスイミングスクール、学習塾に通わされた。
友人の家に遊びに行くことも、友人を家に呼ぶことも禁止。
作文や絵画は親の検閲がはいる(先生ウケする様に親が指示命令)。
見ることが許されたテレビ番組は「ドラえもん」「まんが日本昔ばなし」。男女交際は禁止。
加藤智大容疑者が中1の時である。
『食事の途中で母が突然アレに激高し、廊下に新聞を敷き始め、その上にご飯や味噌汁などのその日の食事を全部ばらまいて、「そこで食べなさい!」と言い放ったんです。アレは泣きながら新聞紙の上に積まれた食事を食べていました』
☆Comment
親の教育(しつけ)が強烈だと、子どもは自我が芽生えるとともに、親に対する反発を、自分の最優先課題とするようになります。それは必然の過程としかいいようがありません。
(この項つづく)
源氏物語の登場人物の性格》その226
(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)
☆『源氏物語』の性格描写
○藤壺(中宮)から源氏への返歌
「ながらふる程は憂けれど行きめぐり
今日はその世に逢ふ心地して」(榊・199頁)
☆辞書・事典から
ながらふる=(長く)生き続ける。
憂けれ=つらい。苦しい。
めぐり=(時間が)経過する。(その季節が)再びめぐって来る。
心地=気持ち。気分
訳=生き長らえている今はつらく苦しいのですが、こうして今日、命日がめぐって来ますと、その当時の桐壷院にお逢いしているような気分になります。
☆Comment
藤壺の返歌を受取った源氏は、「今日だけは恋も忘れて終日御父(桐壷院)の院のために雪の中で仏勤めをして」暮らすことにしたのです。
(この項つづく)
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