鈴木大拙の『日本的霊性』について―第414回――殿岡秀秋筆
鈴木大拙著『日本的霊性』(岩波文庫 1972年版)より。引用は特に断りのないかぎり、本書からです。
☆才市の意識というのは南無阿弥陀仏が南無阿弥陀仏を自覚するという意味になる。
「才市妙好人の歌には時にはっきり酌み取れぬようなものがある。これは表現の文字がいかにも素朴で、連結詞が欠けているためであろう。我等はどうしても文字に囚われる。そんな場合には、こちらの考えで読んでいくことにする。
2「なむあみだぶつ」の歌
才市妙好人の歌を読んで最初に気のつくのは、何かというと、南無阿弥陀仏が、止めどもなく出ることである。「有難い、なむあみだぶつ」、「あさましい、なむあみだぶつ」、「弥陀の親さまがなむあみだぶつ」、「下さるお慈悲がなむあみだぶつ」、「出入りの息がなむあみだぶつ」、「夜があけてなむあみだぶつ」、「日がくれてなむあみだぶつ」等々と、限りなくお念仏が湧いてくる。このお念仏の「なむあみだぶつ」に、幾重もの意味があるようである。今その意味をいちいち解剖してみることを避ける。それよりも直ちに南無阿弥陀仏そのものに突入して見たい。
これはどんな意味かというに、自分の意見によると、才市の全存在が南無阿弥陀仏になっているというのである。或いはこう言った方がよい、曰く、才市が南無阿弥陀仏そのものであると、彼の意識が念仏に全く占領せられたと言っては、なお二元論的見方たるを免れぬ、意識と念仏とが二つになっている。才市の念仏はそんな境地から出るのではなくて、彼の主体が南無阿弥陀仏そのもので、彼の意識というのは南無阿弥陀仏が南無阿弥陀仏を自覚するという意味になるのである。」(210~211頁)
☆Comment
霊性を頭で理解するのは難しいのです。でも、そのヒントになる言葉を鈴木大拙はくりかえし、多様な表現で展開してくれています。これもその一つです。「才市が南無阿弥陀仏そのものであると、彼の意識が念仏に全く占領せられたと言っては、なお二元論的見方たるを免れぬ」と大拙はいいます。意識と念仏が別にあっては二元論になって霊性の境地ではないというのです。念仏を称える主体そのものが念仏で、念仏が念仏を自覚するという境地までいかなくてはならないというのです。これはやっぱり難しいです。しかし、どこかに霊性を理解する入口があるとおもって引き続き探ってゆきます。
(この項つづく)
源氏物語の登場人物の性格》その219
(国民の文学3源氏物語上 与謝野晶子訳 河出書房新社 昭和39年刊より引用)
☆『源氏物語』の性格描写
○朝顔の宮(斎院)の源氏への返歌。
「そのかみやいかがはありし木綿襷(ゆふだすき)
心にかけて忍ぶらんゆゑ」「(榊・195頁)
☆辞書・事典から
齋院=京都賀茂神社の祭祀(さいし)に奉仕した未婚の内親王または女王。また,その居所。天皇即位時に卜定(ぼくじよう)され,原則としてその天皇一代の間つとめた。嵯峨天皇の代に斎宮にならって設け,後鳥羽天皇の代まで続いた。
かみ=昔。今からみてずっと以前。
いかが=どうか。どうであるか。
木綿襷(ゆふだすき)=木綿(ゆふ)」で作った、たすき。白くて清浄なものとされ、神事に奉仕するとき、肩から掛けて袖(そで)をたくし上げるのに用いた。歌では、「かく」を導く序詞(じよことば)とすることもある。
かけて=心にかけて。本気で
忍ぶ=気持ちを抑える。こらえる。現代語では、「…するに―・びず、…」「…するに―・びない」という形でのみ使われる。気持ちが外に表れそうになるのをじっとこらえる
らん=話し手が実際に経験している状況について,その原因・理由などを推量する意を表す。それだから…なのだろう。どうして…なのだろう。…のだろう。
ゆゑ=理由。わけ。特別な事情
訳=「その昔どうであったのでしょうか。わたしのことを本気で想いながらこらえてくださった理由は」
☆Comment
源氏は望めば結婚できることもできたのに、のんきにしていて今更後悔しています。今は斎院になっているので、自分たちの恋をさまたげるのは神であると源氏はおもっているのです。「むつかしい事情が間にあればあるほど情熱のたかまる癖をみずから知らないのである」と作者は書いています。
へえ、こういう男もいるんだ、とぼくは驚きました。これは実感としてはよくわかりません。
(この項つづく)
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