☆文章の「色気」について
「何を言いたいかというと、作家はすべて自身が色気を持てと言いたいのである。そうすれば特に色気を意識せずとも色気が文章の端ばしに匂うであろう。われわれはダ・ヴィンチか(宮澤)賢治のような天才ではないから、やはり常に色気を保ったままの日常を送ることになる。それを保つためには、常に誰かを恋し続けていなければならない。それが手の届かない高嶺の花であろうと、手を出してはいけない既婚者であろうと、ひそかに、できれば情熱的に、恋し続けていなければならない。その背後に死の影が見え隠れしていれば文句なしだ。そうすれば作品には何を書こうと色気がしぜんに漂ってくるのである。人間の性格類型には色情的生活型と呼ばれる一群があり、この人たちは見るもの聞くものすべてから色情に類したことを想像する。若い人の精神はこれに近いのだが、色情狂にさえならなければ、歳をとってもこのような気持ちを持ち続けることは大切であろう。」(22~23頁)
☆comment
本書は今年出たばかりです。著者が序言で「作家としての遺言である」と述べています。小説に精通していて、しかも人気作家である人の小説作法で大変面白く読ませていただきました。その中で特に印象に残ったのが、引用した箇所です。色気のある文章を書く代表として作者は宮沢賢治をあげています。「彼は生涯妻帯しなかったし、女性にあまり興味がなかったらしいのだが、それによってリピドーは芸術的に昇華されたのかどうか」(19頁)と書いています。さらに「しかしこれ(宮澤賢治の場合)は例外である。多くの作家は通常の男女関係を持つことによってリピドーを発散させていながら、ちゃんとその作品にも色気があるのだから」といい、引用箇所にあるとおり、文章に色気を匂わせるために、作家は誰かを恋し続けなければならないという結論にいたるのです。とても明快な論理で感心いたしました。
(この項終り)
(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2014年7月10日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html
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