2013年4月17日開催
いのちをかんがえるセミナー
☆「お母さん、私の名前、好き?」
私(芹沢)は『現代子ども暴力論』と(2008年)の『もう一度親子になりたい』(主婦の友社)で名前をとりあげています。
『少年剣士なつか』(小、中学生向けの小説で未完)の主人公は、
乳児院から里親にもらわれたという設定です。3歳で真実告知(血のつながらない親子関係)を受けます。これはどこかの時点で血縁でないことを知らせるもので、里親里子の関係をさらに密にする儀式でもあります。
なつかは小学4年生になります。なつかの心をしめるのは名前の問題なのです。なつかという名前が好きかという問いかけをしたいのです。それは、なつかがすきか、と聞いているわけではないのです。
なつかの生みの親と受けとめ手の親は同じではないのです。生みの親が受けとめ手の親に移行していないのです。
生みの親が育ての親になるのが母性です。ところがなつかの場合には生みの親と受けとめ手の親に連続性がないのです。そのために
名づけられたなつかと呼びかけられたなつかがひとりにならないのです。なつかの中に空隙があるのです。なつかがなつかになれない、すなわち。なつかがアイデンティティをもてないでいるのです。それがなつかの悩みなのです。
この問題は、根本的には解決不能です。解決不能なまま、なつかはなつかであるという時機、チャンスを得られるのを待つしかないのです。
この問題(なつかはなつかであるというアイデンティティを獲得する)が片づかないかぎり、なつかは不安の根源を解消できないのです。
(この項つづく)
(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2013年4月27日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html
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