☆「わたし」を 支配する欠如の感覚の来歴を確かめたいという実存的な欲求をここにみておこう。
2021年7月3日15時56分『宿業の思想を越えて 吉本隆明の親鸞』 芹沢俊介著 第93回☆「赤いカンテラ」だけが残ったことと、こうした 実存的な欲求とは呼応しているはずなのである。「赤いカンテラ」というモチーフは、「日時計篇」の後半の詩稿「〈石 材置場の詩〉」のなかにもう一度登場してくる。一九五一年の四月の 終わり頃に書かれたと推測されるこの詩稿の第二連の冒頭に「石材 置場には赤いカンテラが置いてあつた」という一行があるのだ。他 の物象も点綴されている。海に面して沈む日、石材置場の石材屑や土 管の破片、黒い海面に流れる重油、たくさんの貨物船のマスト、クレ イン、艀、凝固土の岸壁、雨、わたしの友である女の人というように だ。ここでも「赤いカンテラ」には他の物象と同等の価値しか与えられていない。「 固有時との対話』にいたって、幼年期、少年期のしる しとしての物象は「赤いカンテラ」だけを残し、他はことごとく風と 光と影のなかに溶け去っていつたのだ。詩人の― ―「わたし」の ― ― 欠如感覚(疎外感覚)はここに極限へと達していたということだろ うか。「固有時との対話』の赤い工事用のカンテラが出てくる部分に、「わたしは砂礫の山積みされた海べで〈どこから どこから おれはきたか〉といふ歌曲の一節によつてわたしのうち克ち難い苦悩 の来歴をたしかめようとしたのだ」という箇所がある。「わたし」を 支配する欠如の感覚の来歴を確かめたいという実存的な欲求をここにみておこう。そして「赤いカンテラだけが残ったことと、こうした 実存的な欲求とは呼応しているはずなのである。『転位のための十篇」は、こうした実存的な欲求を歴史的現実つまり現在との対話として展開しようとする方法を獲得したとき、生まれたのであった。最後にもう一度、問おう。『固有時との対話」に「赤いカンテラ」 だけが残ったのはどうしてか。「赤いカンテラ」が肉体労働の喩にな っていたからではないか。思考は主題を与えられなくても、肉体が 労働という主題を与えられていたからではないだろうか。「わたし の行為は習慣に従ひ」労働していた― ― 、これがこの時期の吉本隆 明の生存の与件となっていたからではないだろうか。 (154~155頁)(辞書から)点綴=てんてい《慣用読みで「てんせつ」とも》ひとつひとつをつづり合わせること。また、物がほどよく散らばっていること艀=はしけ=河川、運河、湾内、港内などでの貨物輸送にあたる舟艇。凝固土=固くなった土のこと。与件=ある結論を導いたときに、スタートポイントとなるものが与件である。☆Comment吉本隆明の『転位のための十篇」は、こうした実存的な欲求を歴史的現実つまり現在との対話として展開しようとする方法を獲得したとき、生まれたのであった。実際に生きて生活しているときに感じる欲求を労働している日常との間の内的対話として展開したときに、『転位のための十篇」は生まれたということでしょうか。どこに向けて内的対話を行えばいいのでしょうか。(メルマガ・2023年3月24日)http://www.mag2.com/m/0000163957.htm掲載記事の無断転載を禁じます。Copyright(C) Tonooka-Hideaki(http://1wain.seesaa.net/=詩とファンタジーのレシピ)(http://mypage.ameba.jp/=キングヒデアキのブログ)このメルマガを解除したい方は次のアドレスからお入りください。http://www.mag2.com/m/0000163957.html