「家を出ようかと思ってるんだけど。」
周りに相談したら皆さん、自分の生活と照らし合わせながら
色々なことをアドバイスしてくれます。

やはりお嫁さんの立場の方は共通で
「そんなもん一切合切捨てて、早よ出た方が良いわ!」。
やっぱり義父母とは多少なりとも距離を置いている人が多いだけに
敷地内同居ならまだしも、完全同居の私の生活はもはや想像外だそうで。

敷地内同居をしている知人男性は「実際、嫁にはすごいストレスを与えてると思う。
本当なら自分たちだけで離れたところに暮らしたいんやけど現実はそうもいかん。」とな。
スープの冷めない距離でかなり良好な関係を築いてる友達は
「同居なんて思ったことすらないわ。ありえん!」だとさ。 ←本音ですねにひひ

逆の男性の大半の意見は、というと。
「できることなら住宅ローンは避けた方が無難やで!」。
実際、ローンを組んでない人までがそのようなことを。
もしオットがこの先独立起業した際、ローンを組んでたりすると
融資を断られる可能性もあるし、とは自営の友人。
独立のことは前々からオットも将来計画の一部に入っているので
こう言われてしまうと非常に辛いようです。

ちなみに私の母は‥‥。反対です。
実は私の両親は離婚をしています。
母はかつて一般の人たちが皆、そうするように住宅を購入したのですが
引越してから父とのケンカが絶えなくなりました。
やはりお金の問題です。
小さい頃、私が家に帰ると母はいつも泣いていました。
経済的にも苦しい毎日が続くうちに二人の関係も冷えきってしまい
父はしばらくして家を出ました。
今、思えばそんな大した家じゃないのに共働きでもやっていけなかったんだな~。

そんな母が昔から言うには「ローンは組まなくて済むならそっちの方がいい。」と。
「お金が全てではないけど、やっぱり生活は現実だから。」
すごーく身にしみます。
でもそのあと、必ず言うのです。
「それでもさ~、そのリスクを背負ってでも同居はしたくないもんやわ~~。」


おいっ! ほなどないせーっちゅんじゃーーーー!
ウガーーーッッッ爆弾


と、叫びだしたくなるこの頃です。
あ~、ホントどうしたもんか。

今まで何度となく出た合言葉『やっぱり出よか』。

「それならば出よう!」とオットが言い出してから
急にオットは毎日、不動産のチラシやネットで物件をチェックしたりしています。

ちなみに出たい、と私から言い出すことは今までありませんでした。
何故なら私がそう言えばホントにそうなってしまうからです。
オットはいつでも私の気持ちを尊重してくれます。
いつも毎日の生活で溜まりに溜まったストレスが爆発したら
もう無理しなくて良いよ、どうにかなるよ、と別居を促してくれるのです。
オットがたまにそう言ってくれることが救いになっていました。

そもそも何故ガマンしてるのかというと‥‥。
浅ましい話ですが‥‥。

やっぱりこの家そのものが欲しいのです。

この家が好き、この家を後世まで守っていきたい、というよりはむしろ
同居の代償がこの家だと思っているからです。

この家は市内中心部にあり、それでいて少し離れた住宅街の中。
ゴミゴミもしていなく、静かなのにとても便利な場所にあります。
近所と比べてみても大きい敷地に新しく建て替えて20数年。
デザイナーの手がけた建築で、今でこそ洒落た家は多いですが
それでも充分、見劣りしない戸建てです。
今、あらたにこの規模の家を買おうと思ったらローン破産は目に見えるくらいで
到底、私たちにその能力があるわけもなく。

ちなみにローンはあと5年ちょい。
それもその全部を義父が払っています。
まぁ、義父は自分一人で払ってきたと豪語してますが、義母に言わせりゃ
私だって家事と両立しながら定年まで正社員で働いてこの家に貢献してきたっちゅーねん、
ってところですけども。

結婚開始から同居を余儀なくされてきた私としては
家を購入する計画は毛頭無く、当然そのための貯金もありません。
それにローンを払い終わる頃にはすっかり義父もくたばってくれるだろうと
淡い期待を持ってこの数年を過ごしてきたのですが。


こう思っちゃうのはやっぱりムシがいいんですかねぇ。


同居してから節目に何度も何度も夫婦間で話に出ていますが。
また出ました。

『やっぱり出よか。』

最近、私は気分がふさぎこみ体調を崩すことが増えました。
義父が居座っているリビングを尻目に食事の用意をすることが億劫になってしまい
ついつい仕事帰りにお惣菜を買って部屋に持ち込むように。
そしたら義母が「食欲無いの?何か食べたいものあったら買ってこよか?」と
いつも心配してくれるのです。
義母は私が食事を受け付けなくなったと思っているらしく。
(まぁ、私なんかちょっと食べないくらいがちょうどいいかも‥‥ぶーぶー)

つい先日も頭痛がひどくて、オットには朝、一人で出勤してもらったのですが
ここしばらく浮かない感じの私を心配してか、義母がオットに
「めじろ子ちゃんの体調はどう?何か食べるかな?」と問いかけているそばから
その言葉をさえぎるようにテレビの演歌番組について話しだしました。
私が先月、高熱で寝込んでいるときも義母がオットに色々気遣っている横で
意気揚々と、新曲が~この歌手が~と急に言い出すことが何度があったらしく、
オットは我が父ながらこの思いやりの無さに憤慨したとか。

今の生活を続けていたらそのうちめじろ子ちゃんは本当に病気になってしまう。
僕たちの関係もそこからダメになってしまうかもしれない。
あいさつも返さない、自分勝手に行動する、何してもらっても礼の一つも無い。
稼いだ給料がこんな父の遊び目的に使われてしまうのも悔しい。
それならば二人で新しい生活を始めた方が有意義だ。

オットは帰るなり言いました。

『めじろ子ちゃん、やっぱり出るしかない!』

ああ、どうしたものか。


寒い毎日ですが、バンクーバーオリンピックスキー開催は間近です。
選手の意気込みなども毎日報道されてますね。
一つのことを極め、その先に結果を残せる偉業を成し遂げるなんて
並大抵の努力ではなかろう、と感服するばかり。

ただ‥‥。
義父は違います。
どのジャンルでもそうなんですがスポーツ、特に大会など
大きな公式試合なんかだと、選手への悪口がすごい。
たいした興味も無いくせに台を叩きまくって怒りだす。
あげくの果てに結果も出ないうちに、グースカ居眠りぐぅぐぅ

毎年、プロ野球の中継中は勝っていてもヤジ、負けたら尚のことヤジ。
オットは昔から一緒にスポーツ観戦をしていると気分が悪い、と言います。
他人を讃えることを知らん、と言って避けます。
さぁ、バンクーバーではどんなヤジが飛び出すか。

そんなヤジ吐きの義父が朝のワイドショーを見て一言。

上村愛子ももう少しイイ男と結婚出来へんかったんかな。
どうしても職場結婚になってしまうんかな。


ほよよ? ほよよ?
何を根拠に“革命児”と呼ばれるほどの彼の評価が低いのか理解不能。
結果以前に選手個人にも悪態をつく。

お前、何様だーーーっ!


もうすぐバレンタインデー。
甘いもの、特にチョコレートに目がないオットには何をあげようか
先月から色々と考えている管理人です。
いつも「甘いねぇ。」「美味しいねぇ。」とニコニコラブラブ!

テレビでも美味しいチョコレート特集が連日。
この時期にしか日本にないブランドも多々。
こないだも朝のワイドショーでやっておりました。
イベント超大好き~な義父も興味津々。

「でもな、お返し考えなあかんのがめんどくさいな。」

何言ってんだ、くそじじい。
どうせ買いに行くのは義母じゃねえか。
支払いも義母にさせてんじゃねえか。

そして驚愕の一言。

「いつももらうけどあれって義理チョコか?」

何、寝惚けたこと言ってんだ、くそじじい。
カラオケ&社交ダンス教室のババアどもとどうしようってんだ。
色ぼけてんじゃねえ。
それもなんで受け身やねん。

気味が悪い。



同居は一つ屋根の下で他人を含む2世帯以上が共同生活するシステムなので
お互いが気を遣い合い、思いやらねばトラブルが生じます。
「こっちは住まわせしてやっとんねや。」と横柄な態度を取ってるようじゃ
「こっちが住んでやってんねや。」な感情が生まれるワケで。

ここまでこじれてしまった以上、相手から頭を下げねば気が済まんという
逆“魚心あれば水心”的悪循環がぐるぐる回り続けます。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはうまく言ったもので
義父のパソコン、演歌雑誌、スリッパから湯のみ他、何から何まで全て
焼き討ちにしたくなるくらい恐ろしい衝動にかられるのですが、そうもいかず。

「嫌なところは見ないようにしなさい。」

実家の母や友達、周辺の人は皆そう言います。
やってまんがな、そんなこと。 とっくの昔から。
見ないようにする、というか存在を消してます。
もう居ない人にしてます。 この家に? この世に?

でも悟りは全く到達出来ておらず、完全には消せないもので
朝起きたらヤツはやっぱり動いてる。
ムダごとも喋ってる。
大声で歌も歌ってる。
私の五感は毎日、義父を認識しています。 あ~~~~ウザイドクロ
それでも一生懸命消すのです。
ギリギリのところで押さえてるんです。

★ここは独り言。ブツブツブツブツ
なのに昨夜、オットがキッチンカウンターに置いた缶ビールをなぎ倒していたり、

(義父がカウンターでコーヒーを淹れる際、わざと当てたと思われ。)
私たちが使っている洗面台のマットを異常に歪ましていたり、
(義父がわざと足で蹴散らしたと思われ。)
自分の車を駐車場の中央寄りに停めたり。
(これは本人が真っすぐに停められなくなったとモウロクぶりを露呈。)
こっちは車を出しにくいったらないっちゅーねん。
何時間も早よ寝てるくせに私らと同じ時間に起きて朝の作業を重ねてきたりもする。
ちなみにわが夫婦は一般家庭よりもかなり朝が遅いんですけども。
こっちはただでさえ散らかった台所でオットの朝の準備するのに手間どっとんじゃい。

もう関わってくんなよーーーーっ。


先日は節分でした。
行事に一人うるさい、くそじじいがいるおかげで
うちにも丸かぶり寿司やら豆やらの準備に義母が動かされるワケですが。
義父は当然、生きることへの執着心を以て節分祭の参拝も欠かさずに。

健康で長生き出来ますように、なるだけこの生活が維持出来ますように‥‥。

いやいや、こっちは真逆でっせ。

早くどうにかなりますように、なるだけ穏便にさらっといきますように‥‥。

で、忘れてたんですが。
最近、夜ゴミを捨てようとベランダに出ると何かを踏みつけるんです。

じゃりっ!
じゃりっ!


まぁ、ゴミの始末が苦手な義母がまた何かこぼしてるんだろう、と
気にしないようにしていました。
そして昼間、洗濯物を干そうと外に出たときに発見しました。

節分の豆がベランダに撒いてあったのです。

私がここ何回かじゃりじゃりと踏みつけていたのは豆でした。
もちろんこれをやったのは義父。
どうせ意気揚々と♪鬼は~外、福は~うちっ! とでも一人やったんでしょう。

やるだけやって放ったらかしやがって。
あ~、この感じムカムカムカーーーっ。

今朝も氏神様へお参りに行ってくるわ、と義父は出かけて行きました。
自称信心深い、の義父。
「家の仏壇には手も合わさんくせに‥‥。」と
お気に入りの新車に乗り込むのをカーテン越しに睨みつける私。
どんどん鬼化していくような気がするな。
フン、豆で私を追い出せると思ったら大間違いだ。
そもそも私にとっちゃ家の鬼は義父なんだけど。


月に1度、もしくはそれ以上有るときも、なんですが。

トイレの紙が無くなってるんです。

うちは3階建てで1階と2階にトイレが有ります。
メイン(義父母が普段居座ってる)の階は2階で、私たちが居るのは3階。
なので必然的に2階がよく使用されるのですが
私が入るとよくこういうことが起こります。

ちゅーかさー。最後に入った人、誰よー?
無くなってるの分かってるわけやーん。
なんで新しいのはめとかないわけーーー?

って思うワケです。
一応、本体の下に予備のホルダーがついているので
最悪、使ってるのが無くなっても安心なんですけども。

実はこれ、誰がやってるか判らないんです。
私は夜更かしだし、水分もよく摂るので一日に何度もトイレに行くのですが
例えば21時に行って次、23時に行くと無くなっているのです。
21時には義母は寝てしまいます。
一般に紙を使うのは女子だと思われますが、我が家の男子は
皆、座って用を足すんですよね。   (オットでないのは確か。)
義父は23時に寝るまでの間、何度かトイレに行っている音が聞こえます。
もしや年齢的にキレが悪くて、ちょっと拭き取ってるかもしれんと思ったり。

無くなってるのを放ったらかしてるのもムカッときますが、
もっと腹が立つのは5cmほど残しているときがあるってこと。
あると思わせて引っ張った瞬間、カラーーーーーン!!
女子ならその長さ、ムリじゃなーーーーい?
何だかなぁ、って思うんです。
自分独りが生活してるならまだしも、次の展開を全然考えてない。
哀川翔さんが昔、言ってました。

部屋に落ちてるごみを拾わなかったら半殺し。
トイレットペーパーが無くなったのに、見て見ぬ振りしても半殺し。
大事なこと忘れてるなって感じがするからね、そういうあざといのって。


その通りっ! (by児玉清)
これやってる人、哀川家に入りなっ。



ひょっとしたら「換えたら済む話でしょう?」と笑っちゃう人、居るかもしれません。
でも同居はこんなささいなことでも大きなストレスを生み出します。
一つ屋根の下に住んでいるだけで夜中でも叩き起こして
「これやらかしたん誰じゃいっ!?」と怒鳴りつけたくなるくらい
性格がひん曲がっちゃう憎っくきシステムなのです。
(ちなみに敷地内同居は私にとって同居の意味を成しませんので。)



家庭料理の定番の一つ、カレーライス。
うちでも料理担当の義母が時間のない時、たまに作ります。
2人で暮らしていた頃、私もよく作りました。
ルーを使った簡単なレシピでしたが、オットはいつも
美味しい美味しいとお代わりをしてくれました。

実はオットは毎週、保育園で出されるカレーうどんが苦手で
その影響かカレー自体、あまり好まなかったのです。
非常に不味かったらしく、あんなに食べるのが早いのに
カレーうどんの日はいつも居残りだったとか。
「僕はカレーが好きじゃなかったんだけど今は大好きになった。」と言ってくれましたラブラブ!

が、同居を再開してカレーが食卓に用意され、以前のように多めに盛りつけると
スプーンが全く進まなくなりました。
そしていつしか「量が多すぎる‥‥。」とぼやくようにむっ
お代わりはどう?と聞くと「要らない。」と。
何故?何故?あんなに美味しいって言ってたじゃなーいあせる

そして何周期目かのカレーを終えたその晩、ついにオットがカミングアウトしました。

「うちのカレーは不味い!」

おやおや~?
カレーが不味い(義母のね!)ってどういうこと?
スパイスを駆使して作るものでなく、ただルーを入れるだけのやつなのに。
不味くなるなんてあり得るのかしら。
それに子供は皆、お母さんの作るカレーが大好きよ?

私は分析しました。
確かにうちのカレーって(義母のね!)水っぽいんです。
あんなにいつもは塩辛く、油ギトギトの料理ばかり作る義母が何故に。
そういや旨味も無い。
義母が作る料理に素材の味とか深みのあるコクという文字は無いかと思われますが
カレーは誰が作ってもそれ相応の味になるはずなのに。

私は作るところを見てみました。
解凍してない牛肉の塊と野菜をフライパンに放り込んで炒めたあと
具材だけを取り出し、水を張った別の鍋にボチャリ波
煮立ってしばらくしたらルーを入れるだけ。
私自身、料理が大得意というわけではありませんが、やり方が少々違います。
私はチキン派で、鍋は一つしか使わない。
タマネギとニンニクはかなりじっくり炒めるし、ブイヨンで野菜類を煮込み
灰汁も丁寧に取り続けてからハーブ系の調味料で仕上げています。
ちなみにルーは2種類使っています。
まぁ、やり方はそれぞれありましょうよ。

ただ決定的なポイントとしましては‥‥。

『水に対してルーが異常に少ない。』

鍋一杯に作っているのに、ルーが全然余っています。
あれなら一箱使っても良いくらいなのでは。
おまけにスーパーで一番安売りしているやつを使用。ほんで甘いし。
こりゃ水っぽくもなりますわな。
色だけで見てるのかもしれません。
チョコレートやりんご、ヨーグルトを隠し味に、以前の問題かなと。
あぁ、どうしよう。気づいてしまった。
私もちょっと辛くてスパイシーな普通のカレーが食べたい‥‥。


“同居”とは非常に罪深いシステムだと思われます。
傲慢な義父が世間体良く、経済的にも身の回りのことにも不自由無しと見られ、
(義母が先、どないかなったらホンマ知らんで。)
遊びまくりの悠々自適な生活が出来ている不条理はさておき、
あんなに人が良い、のんびり屋さんの義母にさえ
感謝余って憎らしさ100倍の感情が沸き起こるんですから。

義父は割にきっちりとしているのに対して(これは実に救いです)
義母のグウタラ素質は相当なモノでして、
近所でも評判のキッツい義祖母が無くなってからというもの
その成長には目を見張るばかり。
一応、“きれいにしてまっせ”的なアピールは欠かさないんで
義母なりにかなり気は遣っているのは非常に感じるのですけども。

そいでも私の目は節穴ちゃいまっせ目

午後に洗った洗濯物を夜までほったらかし、翌朝私たちが起きる前に干して
あたかも朝一番に洗濯を済ませた振りをすることを。
めずらしく皿が片付いていると思わせといて、実は私が整理して空けた場所に
適当に突っ込んでいることを。
水回りを綺麗にしてると見せかけて、拭いてるその布巾は全く洗ってないことも。

あれ、義祖母に怒られないように、義父に注意されないように、とやってきた
義母の動物的な生きるスベなんだろうな~と思います。
何も言わないけどきっと気づいているはず、の嫁の視線にも耐える義母のために
やっぱり早く世代交代したいもんです。