べーまが | 元漫画屋日記

べーまが

ちどりPCマイコンBASICマガジン POPCOM oh!FM I/0・・・

2chのニュース速報のスレッドを見てたら、「ベーマガ2.0」が日本のゲーム産業を救うという記事にリンクがあって、これ読んでたら上記の雑誌を思い出した・・・。

いずれも昔出ていたパソコン雑誌で、特に「ベーマガ」こと「マイコンBASICマガジン」はリンク記事にもあるように読者投稿プログラムが掲載されていて、小学生の高学年になって出会った友達の家のパソコンに交代で打ち込んで遊んだりしていたものだ。テープメディアのゲームをロードして、みんなアドベンチャーゲームの攻略にあたったり(実質、言葉探しクイズみたいなものだったが)。

中学生になって、ようやく手に入れたパソコンがMSX規格の”FM-X”。これによくベーマガのプログラムを打ち込んだり、RPGゲームの投稿プログラムに自分でキャラをリデザインしたり、追加要素を加えたり、自分でも単純なゲームのプログラムを組んだりしていた。


リンク記事では、当時(80-90年代)べーまがのようなアマチェアの発表の場があることがゲーム開発者の裾野を広げる土台の役割をしていたと語り、それを失った今、海外に比してのプログラマー不足の問題を取り上げている。

たしかにそういう面はあるかもしれない。自分ももっぱらゲームは消費する側だしね。何年か前に趣味でゲーム造ったけど。5年早くか、5年遅くに生まれていたらもしかしたら漫画家じゃなくてゲーム開発のほうへ行っていたかもしれない。

ゲームにファミコンの形で出会った世代と、パソコンで出会った世代(というか人)は微妙に認識が異なると思う。


自分のパソコン遍歴はFM-Xに始まり、FM-77AV・・・しばらく離れて・・・98canbe(OSのwin95発売に合わせた)、9801のどれか(忘れた・・・)、win機・・・と続く。

MSX規格のパソコンは、グラフィックが弱くて横8ドット単位ごとに色を管理していてその単位では2色しか色が使えず、その制限を超えると俗に言う「色バケ」という現象が起こり、パソコンで絵を描きたいと思っていた自分は四苦八苦して描いたりしてたものだ(8ドット単位なので、単位のハシッコ同士を境界線に使ったりね)。

当時はたったの8色でも、好きに色がおける上位の機種(8801とか)に憧れたものだ。640x400の環境がある9801なんて神のような存在だった。今となってピッチのZERO3に劣る能力なんだけど・・。


なんてソフトかもう忘れたけど、アスキーかどこかからか販売された本にMSX用の優れたグラフィックソフトがあって、その本に掲載されているプログラムを打ち込んで、絵を描いたりしてたなー。縦方向のタイルを使って、中間色を表現できたりした。下書きをラップにマジックでトレースしてテレビに貼り付けたりしてね。

当時の打ち込みは片手打ち。なぜ片手かというと、本を見ながらなので片手はどうしても塞がってしまっていたのだ。ブラインドタッチを身につけたのはWIN機を使うようになって、ニフティとかのコミュニティに書込みをするようになってからだね。思えば、パソコンとのつき合い方もずいぶん変わってきたものだ。


思えば今、漫画の原稿にパソコンを使っているけどわりと早くに取り入れて活用して来れたのは、ガキの頃にべーまがとかで慣れ親しんできたおかげもあるんですね。と、同時にアシスタントさん達とパソコンの馴染み感にギャップがあるのは・・・う~ん、しょうがないよなァ。


2chのスレッドに↓のリンクがあって貼ってみた。ブログに動画貼り付けるの初めてだから、勝手が悪いわー。”PC-6601が歌うタイニーゼビウス”